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第3話

 基本的に俺は王道学園モノが大嫌いだ。登場人物が馬鹿ばっかりすぎて全く楽しめずイライラするだけだから。  なので、引き受けた条件のひとつに極力関わらないというのを挙げてある。どうせ聞く耳持たない馬鹿に何を言っても念仏以下なんだから、むしろ馬鹿に関わってしまった一般登場人物のフォローに回った方が建設的というものだ。  にしても、周りの様子が少しおかしい。そわそわしているわりに誰も確認しに行かないのはどういうわけなのか。厨房もウェイターも誰もだ。 「何? 上って何かあるのか?」  誰も動けないで上だけ混乱している不思議な事態に、俺は隣にいたクラスメイトの金森にこっそり問いかける。中等部からのエスカレーター組で少し周りから引き気味に観察するタイプな奴だから、質問相手にちょうど良かったんだ。 「あぁ。2階は役員用なんだ。生徒会とか学生委員会の幹部なんかが占有してる。人気がすごすぎて一般生徒と一緒に飯食ってると落ち着かないだろうから、俺は特別待遇だとも思わないけどな」  あぁ、ミーハー親衛隊対策か。成る程。 「今期はまだ学生委員会改選してないから生徒会だけだと思うんだけどな」  生徒会ねぇ、と実感湧かない風に生返事を返して、脳裏にメンバーを思い浮かべる。前提知識として学内の有名人は資料をもらっていて、生徒会役員は全員背景まで把握済みだ。さすが人気投票で選ばれるだけあって才色兼備のオンパレードだった。  そもそも生徒会長は個人的にも面識があって人柄も信用しているし、一昨日夕飯をご一緒した時も癖はあるがいいやつらだと会長に評されていたメンバーだ。  そんな相手に何を暴れてるんだ、あの馬鹿は。  そのうちに、ボサボサ頭のチビッ子の腕を捻り上げたままで大人な体格の生徒が階段をゆっくり降りてきた。一緒に可愛らしい容姿の子が出てきて階段を駆け下りてきて、階段下にいた学生に何やら頼んだ様子だった。頼まれた数人が連れだって食堂を駆け出していく。  階段を下りる間ももがき暴れるという危険なことをしていた梅沢は、あと3段ほどを残してポイッと投げ捨てられていた。転んでも足を捻るのはどじッ子くらいだろう段差だから、誰も心配にも思っていない。 『あっぶないじゃんか! なんだよ、特別って! みんな平等だろ! わけわかんねぇよ!』  出た、皆平等論。平等ってのは自己努力と協調性の結果であって、ぽっと出の転校生に与えられるものではない。郷に入っては郷に従ってからモノを言え。  少なくとも学生主体経営のこういう学校の生徒会役員と一般生徒には待遇の壁があって当然だ。その分の責任も負っている。  わからず屋に返す言葉もないようで、2階から摘まみ出した3年生の副会長がため息ひとつ吐いて階段を上りだす。それを馬鹿にされたと思ったのだろう、まぁその通りだが、梅沢が駆け上がって掴みかかっていった。  いや、だから危ないっつーの。  階段下に集まっているのは生徒会役員の親衛隊のようで、本物の悲鳴があがる。そりゃ、慕っている相手が不安定な階段で誰かに掴みかかられてたら悲鳴も上がるだろ。 『磐城!』  今にも揉み合いかけた瞬間。  凛とした涼やかな声が食堂内に響いた。声を張り上げたとはいえ、特筆するほど大声ではない。ただ、騒然とした中に水を注せるほど透き通った声だ。  カリスマってすごいよなぁ、と彼を見ると思う。一声で人の熱を冷ますとか、尋常じゃない。  階段上に姿を見せたその人は、片腕を押さえて反対側を生徒会メンバーの一人に支えられていた。ゆっくりと下りてきながら何か語りかけているが、さすがにここまでは聞こえない。  何やら生徒会メンバーを説得しながらのようだけど、足元に気を付けつつ階段を下りて彼らの脇を通りすぎ、出口へ向かっているようだ。  最後に2階から出てきた会計の子が荷物をたくさん抱えていて、最初に1階まで降りた書記の先輩が慌てて手伝いに駆け上がる。途中まで下りてきたところで副会長も手伝いに手を出して、結局その場に居合わせた全員が身動きひとつ取れない中退出していってしまった。  あぁ、そうか。自分たちが出ていけばとりあえずその場は収まるから、という判断か。 「な、なぁ。会長、怪我してなかったか?」 「うん。多分左腕、割れた食器でざっくりいってるね。後遺症にならなきゃいいけど」  これだけ離れていても手が赤く染まっているのが見えたから、かなり深くか広くかいってるはずだ。  彼らが姿を消してしばらくして、ようやく我に返った生徒がポツポツ出始めたようで、隣の友人と話し合い出したりショックで泣き出したりと様々に反応が見える。  渦中にいたはずの梅沢は、周囲がざわざわし始めてようやく一喝のショックから抜け出たようで、ブルッと頭を振ると足取り軽く2階へ戻っていった。  煙同様高いところがお好きなようだ。  しかしまぁ、初日から王道展開には程遠いな。しかも面倒な方に。  やれやれと首を振り、メール送信を終えたスマホを胸ポケットに落とした。 《嘉人さん転校生対応で左腕に大怪我あり。いたわってあげて》

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