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第4話

 あんなことのあった後ではみんなしんみりしてしまって食べた気のしない昼食を終え、連れだって学生寮へ移動する。  学年ごとに棟が分かれているから、逆にいえばここに部屋がないということはあり得ず、俺にも部屋が割り当てられている。ほとんど使わないだろうけど。  寮は3人共同生活の3LDKで、俺は事情を知っている人との二人使用になった。二人とも部屋にいない頻度が高いというのもどうなのかと思うけど、それこそ創始者一族特権ってことで許して欲しい。 「へぇ~。会長と同室なんだ。良いなぁ」 「そうかな。お互いに気を使いそうだけど」  実際は多分一番気を使わない相手だけど。それこそ家族ぐるみなお付き合いをしてますので。  それもそっかぁ、と納得して、部屋の片付けを手伝いに来てくれた金森くんは一通り片付いてから夕飯を誘いに来ると約束して帰っていった。初日から適度な距離感の友人ができたのは嬉しい限りだ。  こっちでも仕事ができるようにと持ち込んでいたノートパソコンを開けば、時間も忘れて集中する。日勤できない立場な分、できる時にできるだけしてしまわないといけない。  しばらく集中していたら、手元でコトリと音がして驚いた。 「お疲れ様。一休みしたら?」 「うわ! ごめん、気付かなかった。お帰り」  その涼やかな声は間違うことなき彼の人のもので。まだ俺は私物を持ち込んでないから彼のものだろうマグカップにたっぷりのカフェオレを淹れて出してくれていた。パソコンを弄るのに邪魔にならない程々の距離で。 「怪我してるのにありがとうね」 「あれ? あぁ、そっか。きーくんだったんだ、テツさんに知らせたの」 「すごい出血量だったから心配になって。鉄良さん真っ青だったんじゃない?」 「あはは。血相変えて保健室に飛び込んできてたよ。思いの外深く切っちゃっただけでもう血も止まってるから大丈夫」  くすくすと楽しそうに笑うから少し安心する。本当はあの場で駆け付けたかったけど、知り合う前ではそういうわけにもいかないし。明日からは同室のよしみでもっと親身になれるだろう。  会話を聞けば一目瞭然だろうけど。  この方、鷲ヶ尾学園男子高等部生徒会長佐久間嘉人(さくまよしと)さんは、学園理事長である俺の叔父鷲尾鉄良(わしおてつら)の恋人さんです。  去年の秋くらいに年の差恋愛を成就させる際に、俺の方も恋人が出来つつあってバタバタあったおかげでお互いに巻き込まれて苦難を一緒に乗り越える羽目になったのが理由で、家族ぐるみに近いお付き合いをしているんだ。  彼はすでに鷲尾家の嫁に近い立場だし、うちの彼氏も将来俺を支える地位がほぼ確約されている。  そのため、目の前で企業秘密とかさらけ出すのも気にしなくて良い同居人なのだ。  さて、夕飯までもう少しあるし、仕事終わらさなくちゃ。 「夕飯一緒にどう?ってテツさんから伝言だけどどうする?」 「う。ごめんなさい、約束しちゃった」 「もう友達できたんだ。早いね。誰?」 「金森くん、って分かる?」 「カナっち!? 一発で当たり引くとかきーくん見る目すごいっ」  いや、この人がそこまではしゃぐ相手って事実がまずすごいです。  そしてついでに、僕もついてこ、とか呟きながらメールし始めたのに二度びっくりです。今夜の叔父は振られてしまったようだ。  しばらく目の前で楽しそうに笑いながらメールのやり取りをして、結局電話をしに自室に入り、ずいぶん賑やかにラブコールを終えて戻ってきた彼は、戻りしな自分のノートパソコンを持ち出してきたようで正面に座って仕事を始めた。鷲尾の家でも実家でも経営には参画してないはずなので生徒会の仕事なのだろう。  カフェオレ片手に仕事に没頭することさらに数時間。電話をする用事が出来て時計を見れば、そろそろ夕飯時だった。  邪魔にならないように自室に入って、ドアを少し開けたままでアドレス帳から目当ての電話番号を探しだす。  相手に繋がったのと部屋のチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。 『お電話ありがとうございます。Aquarius(アクアリウス)です』 「麒麟です。菫さんお願いします」  こっちで電話を始めたのに気付いてくれたようで、嘉人さんが来客に対応してくれる。嘉人さんの部屋でもあるのだから彼が対応しておかしなことはないのに、生徒会長様の登場にびっくりした金森くんがあたふたしている様子がうかがえた。 『ちょっと待ってね、今仕事の電話してるみたい』  そうして相手をしてくれるのに任せて戸を閉める。嘉人さんに聞かれても何の問題もないけどクラスメイトには聞かせられない。  タイミング良く、戸を閉めてから応答してくれた相手に、俺はいつものようにずけずけと話を始める。  老若男女の勤める比較的大きめの会社だが、実務は彼女が、経営は俺が最高決定権を持っている。社員を路頭に迷わせるわけにはいかないのだから遠慮している場合ではない。 「菫さんあれ何よ。槇田じいのワガママ聞いてたらいつまでも利益上がんないでしょ。……ああ、いいよいいよ、無視しちゃって。俺のワガママだって断言していいから。……そうそう。来週の経営会議で片付けとく。他にない? ……うあ、うーん。……うん、ごめん。これからご飯なんだ。夜のうちに見とくからメールにありったけ出しといて。ごめんね」  うわ、夜の仕事増えた。  先程の嘉人さんのハイテンションの原因は、聞けば納得の単純な理由だった。  元々金森くんはSクラスが妥当な成績上位常連者で、年度末試験は猛威をふるったインフルエンザ流行の最末期を運悪く拾ってしまった高熱で散々な結果に終わったための最下位クラスなのだそうだ。しかも、嘉人さんが生徒会長に就任して引っ越しするまではルームメートでもあったらしい。  生徒会長様としてでない年相応の嘉人さんでいられる数少ない友人を俺が偶然引っかけたことで、怪我のおかげで駄々下がりしていたテンションが必要以上に上がってしまったとのこと。  まぁ、気持ちは分かる。  嘉人さんも一緒にというお誘いには金森くんも拒否する理由がないようで二つ返事だった。  食堂は朝6時から夜21時までの営業で、おやつ時間にはティータイムメニューも充実のラインナップで提供される。  となればディナーなどはいわずもがな。和食中華イタリアンは常時メニューで、日替わりでフレンチ、ブリティッシュ、メキシカン、トルコ、インド、韓国、スパニッシュなどが入れ替わる。単品メニューからミニコース、デザートまで選べるので体調に合わせて調整も可能だ。  あの騒ぎで昼食をほぼ食べ損ねていたらしく嘉人さんがミニ懐石を選んだので、俺も和食にする。タッチパネルで選ぶだけの注文方法は実に楽チンだ。  しばらくして同席者の配膳のタイミングを合わせているらしく一緒に運ばれてきたものに、嘉人さんも金森くんもびっくりしていた。 「足りるの?」  焼き魚がメインの定食に近い嘉人さんのお膳と豚カツ定食な金森くんのお膳に比べたら、確かに少ないかな。  素うどんと和惣菜3種盛りが、俺の今日の夕飯。 「後でちょっと来客があるの。多分お腹空かせてるから何か作ろうと思って。バイク便頼んでるので」 「何だ、デートなのか。ゆっくりしてて良いの?」 「大丈夫。これから出るってさっきメールもらったから、後1時間くらい」  バイク便とデートの繋がりが理解できないんだろう。金森くんが不思議そうに首を傾げている。それにお互いに気づかないふりをして、とりあえず予定の確認。 「今日はあっちで仕事するので朝方戻る予定」 「じゃあ、僕もテツさんとこに泊まろうかな。ヒカルくん絶賛駄々っ子中みたいで子守り欲しいって言ってたし」  初日からあの部屋は無人化するようだ。まぁ、その予定での部屋割りなんだけど。  二人でそうかそうかと頷きあって金森くんを混乱の坩堝に陥れて悦に入っていると、背後から上品な学園には似合わないバタンという激しい扉の開閉音が響いた。  今日は平穏に一日終えられると思ったのになぁ。  振り返れば予想に反せず、イケメン男子をお取り巻きに従えた王道転校生様のご登場だった。

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