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第5話

 梅沢が引き連れていた取り巻きの一人に見覚えがあった。昨年度の風紀委員の中でも委員長の覚えもめでたい口煩さには定評のある次期風紀委員長候補の安藤佑規だ。  人気投票な生徒会と違って学生委員会の役員は各クラス立候補者で構成される委員会の中で自由に選任されるから、やりたいと手を挙げる人間が役職を得ることができる。彼は恐らく自らすすんで風紀委員長に立候補するだろう。  つまり、梅沢は生徒会ではなく風紀委員の方に目を付けたわけだ。  今はまだ何の役職もないから表立って交友関係を制限されることもない。けれど、昨年の実績から学内の人気者の一人だ。  なかなか目の付け所が良いかもしれない。  食堂に入って来た彼らは目敏くこっちを見つけて一目散にやって来た。 「麒麟! 一緒にメシ食お!」  何でこの状況から誘えるんだ。別の友人とすでに食べ始めてるのが見えないのか。 「悪いけど……」 「隣空いてるだろ! なぁ、ここで食お!」  後半は連れてきた方に言ったもののようだ。にぱっと笑って誘われれば同席が嫌だとも言いにくいのだろう。  梅沢よりは常識もあるはずの安藤が梅沢の行動を咎めもせずむしろ率先して従おうとするのには驚いたが。 「安藤。悪いが遠慮してくれないか」  驚いたのは嘉人さんも同じだっただろうに、彼から出てきたのは冷静な声だった。  先程まで俺ときゃっきゃしてた様子を見ていた金森くんが態度のギャップに一瞬ぎょっとした表情を見せたようだけど。普段の彼はこっちだから本当に一瞬だ。  嘉人さんの制止の声に一旦は止まった安藤は、けれどそのまま嘉人さんの隣に腰を下ろした。俺の隣には梅沢が座って、反対隣が空いているのを知っているから詰めろよとこちらに寄ってくる。  食堂の机は8人掛けで、真ん中に調味料や注文端末が置いてあるから4人ずつ別々グループでも使えるような配置だ。それなのに俺達が嫌がったのは、向こうが5人グループだったから。  席が空いていないなら相席も仕方がないけれど、夕飯には少し早い時間なおかげでテーブルは沢山空いてる。何ですでに食べ始めてるのに向こうが5人座れるように席をずれなくてはならないのか。 「佐久間くんは生徒会役員なのだから、相席が嫌なら専用席を使えば良いんじゃないのかい?」 「専用席? 何それ」  明らかに嘉人さんに対する嫌味だったと思うんだけど、反応したのは梅沢の方。仕方なく席を移動した俺には一言もなく、相変わらずの迷惑な声量で身を乗り出している。  生徒会役員の特権はそれが必要な事情も併せ持っているのだけれど、安藤は特権の事実のみを説明している。案の定特別扱いに梅沢は怒り心頭のようだ。 「何だよそれ、仲間外れじゃんか!」  ……そっちか。  生徒会役員を専用席から追い出したことで生徒会と対立の図式を想像していたのだろう。梅沢の反応に安藤が驚いている。  残念だったな、と俺は内心ほくそ笑んでいた。この手合いは小学生のガキ大将とでも思って接して間違いない。世界人類皆兄弟思考を貫く俺様偉い、って万事これで通す。  悪い考え方ではないし子どもの頃はそうやって平等精神を養うことも多いだろう。だから、王道学園もののフィクションでは有力者を惹き付けることができるし総愛されキャラになったりする。  けれど、それでは社会が成り立たない。建前だけでは人は動かない。人より多く仕事を引き受け責任を追う人にそれなりの特権を与えるのは対価のようなものだ。  それも、特権にはそれなりの理由がある。  授業に出なくても学力を満たせば単位が保証されるのは、仕事量オーバーで授業時間も役員業務に従事しているせい。  役員になると寮の1階でテラス付きの広い部屋を独占できるのは、夜中まで仕事が終わらない場合に同室者やエレベーター近くの部屋の住人に迷惑をかけないため。  食堂で一般生徒と離れて専用席が使用できるのは、人気投票による選任故に全員が人気者なので一般席にいるとファンに囲まれてしまって本人や無関係な学生たちがゆっくり食事することができなくなるから。  それが理解できる人は、それらの特権はあって当然、むしろないとおかしいと思っている。  選任方法が人気投票だけに、本人の意思も勿論尊重はされるが半ば押し付けられているようなものだ。押し付けた側には、その対価を容認する義務があるだろう。  だから、仲間外れとか特別待遇とか、そんなガキっぽい言い掛かりは実に迷惑だと思うんだ。 「仲間外れ? 専用席は役員以外立ち入り禁止なんだよ。ずるいと思わないかい?」 「立ち入り禁止って何? あれだけ空いてるんだから入れば良いじゃん。役員だけとか、つまんないだろ」 「ふむ。それもそうだね」  納得するのか、そこで。  将来その専用席の恩恵に与る立場を狙っているだろうに、と思うと最早苦笑するより他にない。  大体、友人と夕食を共にするために周りが煩わしいのも覚悟してここで食事している生徒会長本人を目の前にして、無神経極まりないよな。  安藤が納得したので話は終わりになったようで、ワイワイと実に賑やかに注文を通す。賑やかなのは主に梅沢本人だが誰もそれを咎めようとしていない、どころか引きずられている。当然、先客の雰囲気なんかはマル無視だ。  注文が終わったらしく端末を置いたのを見計らっていたようで、金森くんが梅沢に向かって話しかけた。表情が険しいのは、もしかして我慢の限界を越えたかな? 「梅沢くん。昼の件、か……」 「は? ってか、お前、誰?」  それってあれだよな。王道転校生の定型語。  で、名前聞いたら自分も名乗って友達宣言して煙に巻くんだろ。  勘弁しろよ、どこまで二次元なんだ。 「金森 日明(あきら)。梅沢くんと同じクラスだ。それより昼の……」 「そうなんだ! 気付かなくてゴメンな! 俺、うめざ……」 「知ってる。それより、昼の件。会長に謝ったのか?」  ……すげぇ。捩じ伏せた。金森くんの鉄壁ぶりに思わず尊敬してしまった。  俺と同じことに驚いたのか、問い質した内容になのか、嘉人さんも金森くんを振り返っている。 「会長って誰だ? 何の会?」 「……知らないで暴れてたのか? 彼、うちの生徒会長。昼に梅沢が食器割って怪我させた相手」 「そっか! ゴメンな!」  軽っ!  血が床に滴るくらいの大怪我させておいてそれで済ますのか。  怒っても無駄だと分かっていても嫌悪感は拭えない。  多分周りの生徒たちも謝れとわざわざ指摘した金森くんの言葉とそれに対する反応は耳をダンボにして聞いていただろう。  昼の一件は今日一番の話題だったはずだから、完全な火に油だ。明日の朝には抱きたい男一位兼抱かれたい男一位な生徒会長を傷つけ侮辱した奇特な人物として有名人になっていること請け合い。  転校初日からほぼ全校生徒を敵に回すとは。事実は小説より奇なり、って本当なんだな。

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