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第10話

 その日、学園が朝から浮き足立っていた。  生徒会第一書記嘉納利彦と先代風紀委員長不動雅臣の熱愛発覚。しかも嘉納先輩に1年の杉浦祐輔が横恋慕して猛アタックをかけ、これをかわすためにはずみでバレたっていうおまけ付きだ。1年坊主は強敵の出現にもめげず、まだ諦めていないらしい。  登場人物は1年か3年なので2年は完全なる傍観者故に、無責任な噂話で持ちきりだった。俺の耳にもちょいちょい入ってくる。  正直、みんなゴシップが好きなんだなぁ、とくらいにしか思わない。  そもそも、抱きたい男次点を誇る天使系美少年には前風紀委員長くらいの実力と長身ハンサムな外見のガーディアンは必要だろう。その意味でも、横恋慕にもブレないラブラブカップルな二人は目の保養にして見守っていれば良いのだ。 「まぁ、嘉納先輩には似合いの彼氏だよなぁ」  今日の昼食は五目そばにしたカナっちがちゅるんと麺を啜ってそう言った。どうやら噂を聞くまで知らなかったようだ。その評価には同意するから俺も頷く。  話題の渦中の人は専用席に保護されていた。生徒会役員の嘉納先輩にはその権利があるから、彼氏を連れ込むのに他の利用者の理解があれば良いのだ。  相変わらず梅沢は専用席に入り浸って安藤に構われて上機嫌でいるらしく、ボサボサ頭が吹き抜けから見え隠れしている。 「去年から付き合ってるらしいよ。よく誰も気付かなかったよな」 「あそこに避難してればバレなくても不思議はないよ」 「だよなぁ。専用席の住人が結託すれば外に漏れてこない」  そういうことだ。うんうんと頷いて同意を示す。 「あそこの住人は、親衛隊がいる分秘匿傾向強くて交遊関係がよく分からないんだよな。何かあるとこうして騒ぎになるから不憫だと思うけど」 「放っといてあげれば良いのにねぇ」 「まぁな。注目度高いから仕方ないんだがな」  他人を気遣う気持ちが強いから注目される相手を不憫に思うが、興味がないわけではない、ということか。 「生徒会の面々が一番謎だよ。会長、彼氏いるのかな」 「気になる?」 「まぁ、抱きたいも抱かれたいも一位人気ってスゴいと思うからな。実際どっちなんだ、って興味はある。同室として、何か聞いてない?」 「聞いてても教えないよ」  残念でした、と笑って公開拒否するのに、カナっちも本気で聞けるとは思ってなかったようで肩をすくめる。 「で、キリは?」 「俺?」 「そう。恋人は彼氏か彼女かいないのか。会長より気になる」 「何で?」 「そろそろ親衛隊できる頃だろ。人気あるんだぞ、お前。理事長の親戚で見た感じツンデレっぽい。ツンの裏の素顔を見てみたい、ってな」  何だそれ、と呆れて笑う。  鷲尾の人間は平凡顔で、俺も彼氏に何で惚れてもらえたのか分からないくらいに平凡だ。傷やら痘痕やらはないけど、特徴のない顔立ちだし。普通に男っぽいし。  部活動も委員会も入ってないし、当たり障りなく振る舞っているつもりなのだ。親衛隊などできる要素はないと思う。 「ふーん。まぁ、家族公認の相手がいるとだけ公表しとくよ」  なんだか気に入って注文頻度の高い素うどんをちゅるんと啜り、中途半端に情報提供する。自分で聞いといてどうなのかと思うけど、カナっちが素でびっくりしている。  それが男か女が気になるようでカナっちが身を乗り出した時だった。  ガシャーンッ  専用席から派手な音がして、驚いて振り返った。まぁ、またか、って感じなのだけど。  テラスの奥の方で事が起きているようで、階下からでは何が起きているのか分からない。その吹き抜けの手摺に身を乗り出して会計の齋藤がすぐ下から見上げている生徒に何か頼み事をしていた。  まるで初日の事件の再来。 『キモいからどっか行けって言っただけだろ! 変態!』 『……も、め……んだ!』 『同じ空気吸うのもイヤだからどっか行けって言うのがどこが悪いんだよ! ホモが偉そうにしてんじゃねぇ!』  何だろな。無駄に声量が高いのがまず問題だ。しかも、何でそんなに偉そうに自信満々なんだ。  言い合っている一方は渦中の不動先輩らしい。生徒会メンバーは今日は吹き抜け近くに席を取っていて全員見守り体勢なのが窺えるし、嘉納先輩がその中では特にハラハラと挙動不審だし。 『あ、こら! 逃げんのかよ!』  おや、どうやら一方は退散のようだ。まぁ、梅沢は引かないだろうから懸命な判断だな。  追いかける声を無視してテラスの奥から不動先輩が姿を見せる。そのそばに嘉納先輩が駆け寄って歩行のサポートに入っていた。びっこを引いている不動先輩の歩き方でどこか怪我をしたのだろうと予測がついた。これも、まただ。  梅沢が原因の怪我人が2ヶ月経たないうちにすでに2人目。こうなると、何かしらの対策を真面目に考慮する必要があるかもしれない。  五月蝿いだけならまだ良いけれど。こんなお坊ちゃま学校で月一の頻度で怪我人が出るなんて、さすがに見過ごせない。 「不動先輩、大丈夫かな……」  明らかに怪我をしている様子の不動先輩を居合わせた人びとが固唾を呑んで見守り見送っている。心配そうな声のカナっちに、俺も同意して頷くくらいしか今できることはなかった。  怪我人を出したことについては食堂内の事件なせいもあって学園側から公式に処分等の通達もなく。  嘉人さんの件ですでに反感を買っていた梅沢の周囲は、不動先輩の件でさらに危険度を増した。  梅沢の私物が捨てられたり汚されたり、すれ違いざまに足を引っかけられたり、上から物が落ちてきたり。  イジメ、だよな。  犯人は分からないが犯人の肩を持ちたいのは否めない。けど、やられたからやり返すってのはどうかと思う。しかも、やり返しているのが本人ではなく第三者だからね。  梅沢の転入受け入れ理由からも分かるようにその背後には権力者が控えている。梅沢自身の身に何かあれば学園存続の危機だし。  イジメを止めて梅沢側の背後を黙らせたまま解決する方法を可及的速やかに模索するという命題に、頭を抱えるわけだ。  仕事面でもそろそろ株主総会の準備を始めなくてはならなくて忙しいというのに。  困ったなぁ。

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