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第11話
不動先輩が負傷した一件以来、梅沢が俺の周りをうろちょろする機会がぐんと増えた。
安藤は風紀委員長という職務上一人を贔屓にしていられる立場ではないとやっと気付いたようで距離を置くようになっていたし、他は梅沢に対する反感で話しかけられても無視するのが普通だから、最低限に相手をして拒絶はしない俺とカナっちは安全圏な認識なのだろう。
勝手にそばにやって来てこちらの話に割り込んでくるのを、無視はせずに軽くあしらう。俺は思惑があってしていることだけど、その背景を説明もしていないのに足並みを揃えて付き合ってくれるカナっちには頭が下がる。
梅沢の空気読めない感には呆れている様子で、それでも本人には悟られないように上手く取り繕っている姿は尊敬に能うと思う。
体育祭を控えて、生徒会は当日の運営に関わっているらしく忙しい日々を送っていて、学生寮の部屋で嘉人さんに会えることがめっきり減った。
カナっちと夕飯を共にするのは暗黙の了解のようになっていて、授業が終わると誘いに来てくれるのを待つため学生寮の部屋にいる。で、食事を終えて寮の中で解散して、俺はこっそり教員寮へ移動。
そんな日常なものだから、夜遅くまで生徒会の仕事に追われる嘉人さんとはすれ違ってしまうせいだ。
食堂では、梅沢は相変わらず役員専用席に入り浸っていた。一般生徒から総スカンを食らっている現状では、身を守るためにもその方が良いという事実は皮肉なものだ。
梅沢に対するイジメはエスカレートしないかわりに鎮静化もせず、5月も半分を過ぎた。怪我人続出の事態に対して、叔父は理事長の責任としてその根源を校外追放したいと考えていることは確認済みだ。
何か決定打が欲しいのは俺も嘉人さんも共通認識としてあった。怪我をさせられているのは確かだけれど、癇癪を起こして割った皿に触ってしまった被害者側の不注意が直接原因だったものだから、梅沢本人に処分を下すことができないんだ。割った皿の弁償で片がついてしまう。
「正直、俺自身はそれどころじゃないんだけどねぇ」
土曜日はバイトを入れずに俺との時間を作ってくれる高吉に、愚痴を聞いてもらっているところだった。
去年は毎週不定期なシフトでバイトに入っていた高吉は、片道1時間の距離でここまで通うのは早々に諦めてその分稼ぐことにしたようで、平日5日間バイトして土日は土曜日の授業が終わってからこっちに移動してきて日曜の夕飯を一緒に食べてから自宅に帰るという定期的な生活リズムを作りあげていた。
毎週それでは大変だからこっちから行くと提案もしたけど、双方親元が自宅だから寮の方が人目を気にせずイチャイチャできて良い、とメリットを挙げられればこちらは甘えるしかない。
高吉に話したところで妙案が浮かぶわけではない。ちゃんと相談するなら依頼人である叔父が適任だろう。だから、ただの愚痴だ。
高吉も意見を求められているとは思っていないのか、そうだな、と相槌を打って頭を撫でてくれるだけ。
「まぁ、無理はするなよ。麒麟に何かあったら俺がキレるからな」
「……それは怖そう」
抜かずの3発なんて無茶されて良すぎて気絶なんてやらかして、お風呂でキレイにしてもらってる間に無事生還を果たした風呂上がり。
脱衣室で洗濯機がシーツを回してる音を聞きながら、出来たばかりの水だし紅茶を飲んでいる。つまりは身も心も大満足でまったりの一時だ。
隣では俺の話を聞きながらスマホゲームで手が忙しなく動いている。真面目に聞いてないのか、と思うでしょう? これ、俺の話の登場人物にムカついて暴力振るいそうな自分を抑える自衛策らしい。暴力って、俺に対してではなくてね、勿論。
高吉の家族構成は人様には耳障りの良くないことになっている。
お祖父さんは生活のために上京してそのまま居座った真面目な出稼ぎ組なのだけど、お父さんは頑固一徹なお祖父さんに反発して裏街道を突き進んでしまったヤクザさんで、お母さんはそのヤクザさんに囲われたクラブのママさんだ。
高吉本人も分かりやすいぐれ方だろうと自嘲するくらい、家族構成だけで中学時代に悪行の限りを尽くす不良少年だった理由が分かる生い立ちだ。
そんなお父さんも流石に組織のナンバー3まで上り詰めれば落ち着くようで、交際のご挨拶に伺ったときは子煩悩な良いお父さんに見えた。
男が相手というのはガッカリ要因だっただろうに、馬鹿息子を頼むと俺の両手掴んで真剣な表情を見せられたから驚いた。まぁ、仕事中は迫力あるんだろうなと窺える空気はあったけど。
なんていうか、蛙の子は蛙、ということなのか、高吉もキレたら怖い系の人ではある。
ただし、俺にとってそれは、頼もしいとしか見えないんだ。初対面からいきなり怖かったから、根は優しいのをよく知ってる。
今でも叱られると迫力あって怖いけど、それだけ愛されてるって肌で実感してる。だから、大丈夫。
「鉄良さんも、無理に解決しようと思わなくて良いって言ってくれてるし、深入りはしないよ。ただ、頼まれたことはちゃんとしたい」
「あぁ、分かってる。責任感強いからな、お前」
放り出しても誰も咎めないとは思う。高吉もそう思ってるんだろう。
けど、俺的に生理的に無理だ。引き受けた物を放り投げたら罪悪感がものすごい。
「しっかし、何度聞いても引っかかるんだよな、その名前」
「名前……。梅沢遥?」
ここ最近はずっと梅沢の愚痴ばかり聞かせてて申し訳ないんだけど、高吉は怒りを溜め込んでイライラする俺を宥めるのに徹してくれている。それだけ連呼してれば耳タコだと思うんだけど、引っ掛かってるのはそのせいではないのか。
もしかすると初めて言ったかもしれないフルネームを復唱して、高吉が凛々しい眉をきゅっと寄せた。
「はるか、だと?」
「うん。梅沢遥。女みたいな名前で一発で覚えた。……どうかした?」
道理でなんちゃらと高吉が呟いているのが気にかかって、顔を覗きこむ。その苦虫を大量に噛み潰したような表情。言い淀んでいる彼氏を促すように可愛く小首を傾げて見せれば、深いため息を吐かれた。
返ってきた答えはまたしても王道まっしぐらだった。
「聞き覚えあるわけだよ。それ、俺らのチームに散々突っかかってきた奴等のヘッド。荒川のかぐや姫だ」
「……はぁ?」
てか、ヘッドが姫ってさ。もう、呆れて言葉が出ませんわ。
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