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第12話

 何の手も打てないまま、月日は流れて体育祭に突入する。  学園主催とは言え所詮お祭りで、徒競走やら綱引きやらという一般的な種目もある一方で色物企画も目白押しだった。  午前中は徒競走から始まり、2年生のクラス対抗ダンスコンテスト、障害物リレー、綱引き、借り物競争。昼食を挟んで、応援合戦、2人3脚、1年生による学年合同の組体操、500メートル走、玉入れ、大玉転がし、3年生の社交ダンス競技会、クラス対抗リレー。  各学年が4クラスずつなので、それぞれ1クラスずつ4チームに分けて得点を競い合い、優勝チーム全員に食堂の食事金券が2,000円ずつ提供されるという太っ腹な賞金システムまである。  俺はと言えば、朝っぱらからしっかり女装させられていた。  ヒラヒラの足許まで隠れるドレスを着て、ふわっふわのパーマをかけたウィッグを頭に被る。放課後のダンス練習を免除してもらうかわりに、中央お立ち台でクラス全員にかしずかれるお姫様役を押し付けられたせいだ。  男たちの求愛ダンスにちょいちょいと合いの手を入れる役回り。体育の授業を潰してのリハーサル1回で流れが把握できるほどの簡単な役目だ。俺の仕事は女装がメインだからな。  ダンスの振り付けは社交界にすでに出ている幾人かがより集まって考えたものらしい。おかげで動作の基本が社交ダンスチックだ。  曲に合わせて制服をフォーマル仕様にアレンジした衣装のクラスメイトたちが踊り、女装したおれがそのダンサーたちの間を腰を抱かれてはかわしキスされかけて逃げ、翻弄してされて移動していく。  最後に手を取るお相手は誰だ、というストーリーになっていた。  ちなみに、最後に手を取る相手はクラス委員の吉川だ。長身と甘いマスクで年下を中心にそれなりに人気がある。ファンに妬まれなきゃいいけど。 「しっかし、化けたなぁ」  声を掛けられ振り返る。カナっちがニヤニヤ笑ってそこに立っていた。  それなりの家柄だけに厳しく育てられたのだろう。すらりとした長身は姿勢の良さでより引き立てられている。制服のシャツとパンツにベルト替わりのサッシュを巻いて、普段はバラけたままの髪をワックスで整える。それだけでも随分見違えるものだ。 「カナっち男前だなぁ」 「キリの美女っぷりには敵わねぇよ。女にしか見えない」  正直な感想で誉めてやったのに、照れもせずに言い返された。  確かに自分でも気持ち悪くない程度に化けられたとは思っている。背が低くて痩せ形だから、胸に詰め物してドレスなんか着れば男女の見分けもつかない。それに、平凡顔は化粧でいくらでも化けられるんだ。 「どうせやるなら完璧に、だよ」 「普通女装なんか完全な黒歴史だぞ」 「イベントでやるならむしろ、将来的にも長く話題に使える良い思い出じゃない」  ばか笑いすると化粧が剥がれ落ちそうで、クスクスとお上品な笑いかたになる。今は女だから、それなりにお淑やかに、だな。 「あ、そうだ。カナっち、写真撮ってよ。各方面から写真寄越せって五月蝿く言われてたんだ」 「各方面ってのはまた面白い言い回しだな」 「いや、ホントに各方面。うちのハニーさんに、小中の時の悪友どもに、両親妹叔父夫婦」  それに菫さんをはじめとするクリエイターさんたち。俺の周囲の人間は純粋にイベントを楽しむ精神の人が多い。こういうものは嫌がるよりも一緒になって楽しむ方が心が楽だ。  よろしく、とスマホを差し出す。カナっちも苦笑いで受け取ってくれた。思わぬ人数の多さに少し引いたな。  気を取り直してスマホを構えるカナっちに合わせて、俺も肘まであるレースの手袋に覆われた手でドレスをつまみ上げて軽く腰を曲げ。 「撮るよ~。はい、チー……」 「麒麟、何それ! すっげ、カワイイ!」 「ぅわあっ!」  ドンッ! ガラガラ、バッターンッ!  擬音してみました。  ……。 「……っ()ぅ……」  なんていうの。本当に痛い時って声も出ないね。  中腰になっていたおかげで足許がぐらついていたから、横からの衝撃そのままに机や椅子を巻き込んで横向きにぶっ倒れてしまった。  どうも、梅沢に横から抱きつかれたらしい。というのは、俺を押し倒した状態で上から乗られているので判断がついた。抱きつかれたそのままで一緒に倒れているから、ふわふわドレスも見事に踏み潰されたまま。 「キリ! 大丈夫かっ!?」 「何だ、何だ?」 「おい、梅沢! 早くどけ!」  ものすごい音でクラスの全員が気付いたのだろう。わらわらと人が集まってくる。クラス委員の吉川なんかは面倒見の良い人だから、率先して救出に手を貸してくれた。  何人かがかりでひっぺがされた梅沢は、顔を隠していた眼鏡が本人の足許で踏み潰されていて素顔をとうとう晒していたが、誰も気にも止めない。倒れた俺の手助けで忙しくてそれどころじゃないんだろう。  机と椅子をどかされて助けられた俺は、カナっちに主に支えられて椅子に座らされた。 「見たところ出血は無さそうだけど、どこか痛みの酷いところなんかはないか?」 「ちょっと待ってろよ。今保健室連れていくから」  カナっちと吉川がそれぞれ気遣ってかけてくれる声に、自分の具合を気にしていた俺は慌てて顔を上げた。脇に膝まずいていた吉川が立ち上がろうとするのを腕を掴んで止める。 「吉川、待った!」 「……え?」 「保健室は後で良い。多分打ち身だけだし、少し休めば動ける。もうすぐ本番だ。ダンスぶっちできないだろ? 俺の代役はいないんだ」  男性役は俺以外のクラス全員だから一人減っても大きな影響はない。まぁ、穴は空くが。でも、俺の役が今できるのは俺だけだ。身長、体格、振り付け、どれも俺に合わせて調整されてるんだから。  幸い、激しい動きもないしな。 「誰か、担任呼んできて。あと、保健室行って湿布もらってきて。高梨、片岡。梅沢抜いて構成の調整お願い。カナっち、衣装のチェック手伝って。後、写真もよろしく」  ここでまごまごしてる時間などない。ダンスコンテストの時間まで30分を切ってるんだ。徒競走の出走者はとっくにこの場を離れている。  梅沢に飛び付かれてスッ転んだ当の本人がしゃきしゃき指示を出すのに驚いていた様子のクラスメイトたちが、最後の一言が全く緊迫していないのに気が抜けたようでそれぞれに動き出した。何人か部屋を飛び出して行ったのは頼まれた事を果たしに行ってくれたのだろう。  ドレスは踏まれていたところに見事に足形ができたけれど、幸い上履きだったために叩いたら目立たなくなった。芯の入っていないドレスだから変な形に曲がることもなく。  ただ、手袋が擦りきれて掌の擦り傷で滲んだ血で汚れていた。手の甲側からは見えないから、このまま使ってしまおう。換えもないしな。 「ホントに大丈夫か?」 「気合いで乗り切る!」 「……頼もしいな」  心配してくれるのにそこまで気遣ってもらうほどではなくて力強く返してみせたら、何だか子供にでもするように頭を撫でられた。座ったままで良いから、と写真も撮ってもらう。  そんなことをしている間に担任と保険医がそれぞれやって来て、俺が保険医に手当てを受けている間にカナっちが状況を説明して。  俺の方は強く打ち付けた背中に湿布を貼ってもらって、気づかなかったけどしっかり捻っていた足首をがっちり固定されてようやくダンスの出場が認められた。そのかわり、他の競技は別の生徒に代わってもらえ、という事実上のドクターストップ。  借り物競争、楽しみにしてたのになぁ。  担任と学年主任による聞き取り調査の結果、ふざけていたとはいえ声もかけずに飛び付いて怪我を負わせたのは悪質だ、ということで3日間の自室謹慎と反省文の提出という処分が言い渡された。  自室謹慎とはいっても食事はしなくてはならないから食堂の使用は認められたし、これから3日間なんて体育祭と片付けと振替休日だからむしろ片付けを公式にサボれるし。  クラスのメンバーから不満顰蹙爆発状態だったのは言うまでもない。

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