14 / 42

第13話

 湿布とテーピングで誤魔化した足首はダンスが終わった頃には本格的に腫れだして、外部の整形外科医院へ駆け込まれた。  診断は強度の捻挫。骨折かと思われるくらいにしっかりギブスで固められて松葉杖生活を余儀なくされた。  いつも通り午後からやって来た高吉は案の定キレかけていたから、宥めるのが大変だった。  宥める材料に俺の女装写真を使ってことのほか喜ばれたのは、何だか複雑だ。  しかし、足の一本が不自由なだけでこんなに不便だとは思わなかった。  松葉杖のおかげで両手が塞がってるから、荷物を持って移動するのにいちいちカバンがいる。こっちから出向いた方が効率的なことも向こうから来てもらわざるを得ない。立ち仕事ができないから家事も無理だ。  極めつけに、風呂に入るのも億劫だからエッチも完治まで我慢を言い渡された。高吉に。  寮での生活は嘉人さんが色々と手伝ってくれた。体育祭の後は次のイベントまで多少余裕があるから、生徒会のメンバーも快く協力してくれているらしい。  夜は、捻挫した足では学生寮と教員寮の行き来も困難だから、転入してから初めて学生寮のベッドで寝ている。嘉人さんは部屋にいたりいなかったりとても不規則だった。夕方いないのは生徒会のせいだけど、夜中いないのは叔父と従兄弟のそばにいるのだろう。  学校ではカナっちが何でも手伝ってくれる。カナっちは放課後は温室の世話をしていることが多くて、今までは学生寮に戻ったその足で俺を迎えに来てそのまま食堂に夕飯に出ていたそうだ。なるほど道理でいつも制服のままだったのかと納得する。  帰りの介助にと俺も放課後温室に連れ込まれるようになったから、会社携帯で会社のメールが受け取れるように設定を増やした。携帯でメールを打つなんて中学生以来だ。  梅沢は、というと。  あの転倒事件以来カナっちにも嫌われてしまって、クラス内で完全に孤立化していた。あの場でも後ででも謝ってくれていれば、ここまで孤立することもないだろうに、と思う。庇ってやる義理はないから放っておくけどな。  で、放っておいたら謹慎解けて3日目にはクラスに顔を見せなくなった。寮では同室の二人はクラスが違うらしくて普通に暮らしているそうだけど。  で、全寮制高校で引きこもりなんて学園としても外聞が悪くて放置できないため、クラス委員の出番になるわけだ。  その吉川も、俺の一件で完全に梅沢を見放した一人。解決、しないと思うんだけどどうなんですかね、担任さん。  不便ながらも不便さに慣れて、ギブスが副えものと包帯だけに変わり松葉杖が1本になったある土曜日の午後のこと。  のんびり歩いて教員寮の部屋に行って賞味期限ギリギリの食材を救出し、その食材を使って今日の遅めの昼食を作った。  卵とキャベツと玉ねぎとハム。葉物野菜は萎れていたから棄ててきてしまった。もったいないが仕方がない。後は保存食だからしばらく放置で良い。  テラスにレジャーシートを広げて日向ぼっこをしながら、出来立てのサンドイッチな昼飯にかぶりつく。  パンは冷凍してあったバターロール。卵はスクランブルエッグ、その他の具材はそれぞれ千切りにしてレンジで蒸して、パンに挟めばできあがりの簡単なものだ。  手抜き目一杯で作った割には美味しくできて、満足で頬が蕩ける。  ん~。んまいっ!  カサッ  ん?  学生寮のテラス側なんてテラス自体に用がある人間しか来ないから、警戒心もなく大口開けてサンドイッチを頬張っていた俺の耳に、微かに音が聞こえた。乾いた枯れ葉でも踏んだような音だ。  見回しても何の姿も見えないが。 「誰かいるのか?」  いくら丘陵地帯とはいえ、熊ってことはない、よな。でも、狸や猪なんかはあり得るか。  そんな動物方面な予想をしたのは、本当にテラスに人が現れることが想定外だったせい。だって、この先行き止まりなんだ。  が、現れたのは人間だった。しかも最悪なことに。 「梅沢……?」  こいつが何故ここに現れるのか。生徒会役員から総スカンな現状でいながらある意味生徒会役員用の裏口なテラス側に来るとか、意味がわからない。 「麒麟……」  梅沢の様子も少しおかしかった。普段何も考えてないんじゃないかってくらいの能天気が、やけに萎れている。いや、学園総出で嫌われてたら、普通の人間ならこうなるだろうけど。 「あ、あの。俺……」  モジモジする様子が、持ち前の天使フェイスと相互作用で庇護欲をそそるようだ。  体育祭で壊れた眼鏡はあれが唯一だったようで、あれ以来使われていない。顔がいくら可愛くたってあれだけ嫌われ要素があれば焼け石に水ってことか。  この学園の生徒は可愛い、美人、イケメンの類いは見慣れてるからな。  しかし、男にモジモジされると鬱陶しいな。 「何? 俺に用?」  食堂では見かけるけど教室にいないから、ずいぶん久しぶりな気はする。相変わらずのもじゃもじゃ頭は、まさかそれが地毛なのかと思うほど。引きこもっている間は外しているのだろう。生え際辺りからピンクの毛先が飛び出している。  それにしても、タイミング悪いな。高吉に起こしてもらう気満々でレジャーシートにぺったり座ってしまったから立ち上がるのも大変なんだ。逃げようがない。  俺から声をかけてやってもしばらくモジモジしていた梅沢は、何の契機か突然顔をあげてこちらに走りよってきた。テラスの階段も駆け上がってまっしぐらに。  って、どこまで来るんだお前! 「麒麟! 好きだ!」  ドンッ!  勢い余って突っ込んで来た梅沢の手がレジャーシートが足りなくてテラスの木床に転がった俺の顔の横に突く。  壁ドンってより、床ドン?  いやいや。ちょっと待て俺。それ、押し倒されてるっていうだろ。 「好きだ」  いつもへらへらしているから逆に印象的な切なそうな表情で、梅沢が上から訴えてくる。で、顔が近づいてきて……。  じゃないって! 「やめ……っ!」  両手で相手の顎を押し返すので精一杯だった。さすがチームのヘッドなんかやっていただけあって、見た目より強い。俺がひ弱って話でもあるけれども。 「やめろ、バカ! どけっ!」 「イヤだ!」  イヤだ、じゃねぇ。どこの駄々っ子だ。 「お、お前! ホモなんか気持ち悪いんじゃねぇのかよ!」 「麒麟なら平気だもん!」  だもん、じゃねぇよ!  俺はどれから突っ込めば良いんだ。他人を批判しておいて、俺の気持ちもまるごと無視で、そもそも怪我の件も謝られてないし。それに、なら、って何だ。特別扱いされても全く嬉しくないよ。  ただでさえ足が不自由だというのに馬乗りされて、足をばたつかせてもびくともしない。それどころか、捻挫した足を床に思いっきり打ち付けてしまって痛む一方。押し返していた両手はバタバタとした攻防の末纏めて自由を奪われた。片手で頭の上に押し付けられる。  何? 強姦でもする気なのか?  自分の体勢が絶体絶命の大ピンチだ。 「麒麟、涙目。すげぇそそる」  そそるなっ!  完全に肉食獣の目に射すくめられる。恐怖から逃げ出すようにきつく両目をつぶって、がむしゃらに身を捩って首を振って。  誰か、助けて……! 「麒麟!」  愛しい人の声が聞こえたのと、唇に湿ったものが貼りついたのは、ほぼ同時だった。

ともだちにシェアしよう!