15 / 42
第14話
ドカッという音を残して、俺に覆い被さっていたものが吹っ飛んで行った。代わりに背中を抱き起こされて抱きしめられる。
見なくても相手が分かる。煙草を止めて、染み付いた臭いを誤魔化すために使い始めた香水で、彼の体臭とうまく混じって甘い香りを纏っているから。
しがみついて顔を上げると、厳しい表情の高吉が正面を睨み付けていた。守ってくれる腕の力強さと代わりに怒ってくれる表情で、安心感から身体の力が抜ける。高吉がいてくれるなら、もう大丈夫。
「高吉……」
向こうを睨んでいる彼の意識を引き戻したくて、耳許でそっと名前を呼ぶ。見下ろしてくれた彼の表情には悔恨も感じ取れた。自分の身を守れない自分が悪いんだから、高吉のせいなんて全くないのに。
「無事か?」
「ん。大丈夫。押し倒されてキスされただけ」
「だけ、じゃねぇだろ、それ」
安心してほしくて笑って返すのに、高吉も苦笑気味だ。それから、唇に触れるだけのキスをひとつ。
「消毒だ」
そう宣言して、もうひとつ。うん。本当に穢れが取れていく気がする。
触れてくれるだけで気持ち良くてうっとりしていたら、頭を軽く撫でられた。少し待ってろ、と囁きを残して高吉が立ち上がる気配がする。
……あれ?
ちょっと、マズい?
「てめぇ、俺の男に手ぇ出してただで済むと思ってんじゃねぇだろうなぁ、ああ?」
……ありゃ。やっぱり。高吉さん、キレてますね。これ。
報復したいのはやまやまだけど、傷害は駄目だ。高吉がうちの学生じゃない分、不利すぎる。
どうやら俺を助けてくれる時に思いっきり腹を蹴飛ばして吹っ飛ばしてくれていたようで、梅沢は腹を押さえてよろよろと立ち上がりかけているところだった。そこに、歩いているのに大迫力で高吉が迫っていく。
さらに蹴りあげるつもりらしく足を引く。
いやいや、駄目だから。
「高吉! 駄目!」
俺の半分叫んでる声に、高吉の足が止まる。一瞬だけ。
「んぎゃっ!」
場馴れしている分だけ重量の増しているはずの蹴りがストレートに梅沢の股間に押し込まれた。
痛そ……。
と、俺の隣から人の吹き出し笑う声が降ってきた。気配にも気づかなかったからむちゃくちゃびっくりしたんですけど。
見上げれば、この部屋の同居人だった。高吉が寮に入るための手続きついでに迎えに行ってくれてたんだった。
「嘉人さん……」
「ふふっ。愛されてるね、きーくん。あの人の怒りを止められるなんて、スゴい」
いえいえ、全然止まってませんけどね。そう切り返しかけて嘉人さんの顔を見上げて、喉で言葉が止まった。
怒った顔の嘉人さんって、高吉より恐い。
いつものような菩薩の微笑みなのに、目が笑ってないんだ。整った顔立ちだから余計に恐い。
「後始末は引き受けるよ。きーくんは稲嶺さんに甘えさせてもらってて」
ね、と承諾を求められ、否を言う隙もなく頷く。さっき高吉にされたのと同じように頭の天辺を撫でられた。同い年なのに年上のようだよね、嘉人さん。叔父の恋人だし、頼りがいのある人だから違和感がない。
身悶える梅沢を放置して戻ってくる高吉と入れ違いにそちらへ向かった嘉人さんが、すれ違いに何か耳打ちして高吉の肩を叩いているのが見える。高吉も苦笑しているから、からかわれたのかな、と思うけど。
食べかけだったサンドイッチの皿を持たされて、お姫さま抱っこされるのに身を委ねる。どうせ立てないんだから恥ずかしいとか言えない立場だ。
そうして逞しい胸に寄りかかり、やっぱり気になるので聞いてみる。
「嘉人さん、何だって?」
「今夜は帰らないからごゆっくり、とさ」
……。聞かなきゃ良かった。絶対顔真っ赤だ、俺。
ともだちにシェアしよう!