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第15話
レジャーシートをはずれて押し倒されたせいで背中や髪の間に砂が絡まっているらしい。自分ではわからないけど。
その状態ではいたくないので、お風呂に入ることにした。
高吉としては、梅沢に触られたままなのが嫌なのかな、と思うけど。俺も嫌だから異論はない。
怪我のある足首はビニールで保護して、高吉が甲斐甲斐しく入浴の介添えをしてくれる。滅多にないことだから少し楽しんでいるかもしれない。
頭を洗われている間に自分で身体を洗っていたのだけど。いったん頭の泡をシャワーで濯いで、高吉の指が身体を這い始めた。バスタブの縁に腰かけている不安定さなので、そんな腰に力の入らないことをされると転ばないように縁に掴まるしかない。
絶対これ、俺の手を塞ぐ意地悪だ。
「こんなとこで、俺、立ってられないよ?」
「んな無茶はさせねぇよ。後でベッドでゆっくりな」
じゃあ、何でイタズラしてるのかな?
ほら、煽るようなキスするし。
「間に合わなくて悪かったな」
胸元に引き寄せられて謝られてしまった。撫でてくれる手が優しすぎる。ってか、煽ってたわけじゃなかったんだ。人肌気持ち良い。
何に間に合わなくて何に間に合ったのか。
俺は助かったと思ったけど、高吉は間に合わなかったと思ったのかな。
「バカ犬に噛まれただけだよ」
「そいつは否定しないけどな。無理すんな」
無理、してないし。
「何なら鏡見るか? 酷ぇ顔してる」
……ん?
「顔?」
「あぁ。まぁ、理由知らなきゃむしろ色っぽい顔だがな。辛いことは俺に吐き出せ。でないと宥めてやれねぇだろ」
色っぽいってことは、泣きそうなのかな。自覚ないんだけど。
辛いこと、ねぇ。
……辛いこと、かぁ。
……無くもないなぁ。
「スッゴいムカついたんだよ」
「あぁ」
「暴れたから足も痛かったし」
「……大丈夫か?」
「ん。もう引いてる」
ぽんぽんと一定のリズムで頭を撫でてくれるのが気持ち良い。ゆったりまったり、落ち着いていく。
平静を保ててると、思っていたんだけどなぁ。落ち着いたら気を張ってたんだと自覚し始めた。目頭が熱い。なんか、俺、泣いてるのか。
「怖かった……かも」
「だな。よく頑張った」
「……うん。頑張った」
「偉かったな」
うわぁ。もう、そんなに涙誘うようなこと言わないでよ。
泣き止めなくなっちゃうよ。
ほら、鼻水まで出てきたし。
ボロボロ出てくる涙を止めるすべもわからなくて。高吉にすがりついて泣きわめくはめに。
あぁ、もう。こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
今日は何だかとことんなくらい高吉に甘やかされてる。
俺が歩くより早いからって移動はほぼ抱っこだし、身体拭いてドライヤーしてベッドまで移動して、お風呂でかいた汗の分ってスポーツドリンクも出してくれて。泣き腫らした目を冷やしておくようにって冷たいタオルをくれて自分は部屋の戸締まりをしてきてくれて。
上げ膳据え膳ってこういうことか、と体感中。
なんかでも、落ち着かない。
だって、エッチもされる一方なんだ。そりゃ、自分で動けないから仕方ないけど。普段はもっと高吉本位で動かしてもらってるから、自分だけ気持ち良いのはなんか嫌だ。
……あぁ、そうか。「僕だけ、いやぁ」って、これかぁ。
「ずいぶん余裕だな、麒麟」
俺をベッドに座らせて足下に跪いた高吉が爪先から順にキスを落としていく。風呂上がりだから無抵抗でいられるけど、ちょっと抵抗ある感じが無くもない。
いや、これってむしろ淫靡な背徳感ってやつかもしれない。
そんな態度でいながら、余所事を考えている俺に気付いて高吉が咎め立てしてくる。
でもね。されるがままって、今の段階はなかなかに暇なんだよ。
「ん。何かする」
「今日は全部俺がするから駄目」
ええっ!?
新手の焦らしプレイですか。
って、突っ込んでも止めちゃくれません。セックスに関しては高吉の独壇場。やる気のある方が主導権を握るって意味では異論もないが。
腿に落とされるキスがじわじわ気持ち良い。そんなところ、性感帯でもないのに。
それで、下から上がって来たからやっと触ってくれるのかと思ったら、いきなり色々飛び越して頭の天辺にキスされた。おでこにまぶた、頬、鼻の頭、唇通り越して顎とか耳とか。
ちゅっちゅってリップ音が快感を増しているみたいで。でも、これはもう、明らかに焦らされてる。
「高吉ぃ」
や、そりゃ、喉も鎖骨も胸も敏感っちゃ敏感だけど。もどかしい。もどかしすぎる。
「やだぁ」
「ん? 俺が嫌?」
「ちがっ!」
なんてこと言うんですかこの人は。
「焦らすなって……んぅっ」
だから、いきなりキスするのはびっくりするからやめろと。
……吸い尽くされそうなキスが気持ち良いから、まぁ良いか。
「もっと触って?」
「どこがお望みですか、王子様?」
ワガママ王子に傅く従者とかそんなプレイのつもりだろうか。ノってやれる余裕がないんだけど。
「全部。いっぱい触って」
「……くそっ。可愛いこと言ってんじゃねぇよ。止まんなくなるだろ」
「止まんなくて良い」
ほら。そんなこと言ってても触ってくれる手つきは優しいから。
やっと握ってくれたそれも、今まで焦らしてたのが嘘のように性急に指を差し入れてくるそこも。高吉の気持ちを感じて与えられる刺激以上に反応してしまうから。
「だいすき」
「っ! ……お前は、まったく……」
快感に弾む息の合間に囁く訴えを届けたら、高吉がびっくりして脱力して苦笑した。前を強めに握りながら前立腺を刺激されて、頭が真っ白に溶けそうで。
「何があろうと手放せねぇ。……愛してる」
掠れる声が切なく聞こえて、じわりと背筋を快楽が駆け上る。
嬉しい。
嬉しくて。
幸せ。
「箍外すぞ。ついてこいよ」
「んっ」
耳許で男の色気たっぷりの掠れた声で囁かれて抵抗なんてできるはずもなく。
何度か頷いて答えたとたん、やっとベッドに寝かせてもらえて、懸命に腕を伸ばしてしがみついた。ギブスをした足を持ち上げられて身を任せて。
ぐぐっと入ってくる高吉に身も心も満たされた。愛されすぎて溺れそう。
じれったいくらいの優しさは、こめかみへ落ちてきたキスで終了。
だって、ほら。がむしゃらに求められたいじゃない。
いっぱい求めて。いっぱい愛して。
全部受け止めてみせるから。
愛してるよ。
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