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第16話
夜遅めの時間に高吉に介助されながら夕飯を調達に食堂へ向かう。
いつもの癖でテラスを見上げたら、こんな時間にもかかわらず人の姿があった。
営業時間はあと30分ほどしかないのだけれど。
そのテラスから、嘉人さんがこちらに手招きしているのが見えた。
「あれ、呼んでるの、俺かな?」
「だろうな。行ってみたら良いさ。あれが噂の専用席ってやつだろ?」
呼んでいるのなら大義名分も立つし、折角の機会だからテラスからの眺めを見てみたい気もする。そうだね、と頷いたら、高吉に抱き上げられた。
「ちょっ! 歩くよ!」
「待たせたら悪いだろ。じっとしとけ」
確かに抱かれた方が早いけど、人目ってものを気にするんだよ、俺は。
テラス席から見下ろしていた第二書記の池永が俺たちをからかうように指笛を吹いて、副会長の磐城先輩に頭を叩かれたのが見えた。
テラス席にいたのは生徒会の面々とピンクの髪の学生だった。キレイに真っピンクなそれはプリンにならないように頻繁に染め直しているのが窺える。こんな目立つ髪に心当たりがあって、俺は自然と眉を寄せた。
梅沢の、髪だった。
立ち上がろうとしたところを、体格の良い方な磐城先輩と池永ががっちり押さえつける。嘉納先輩と会計の齋藤は小柄な方だし、嘉人さんは俺を迎えにこっちに来ていたからちょうど良い人選というか。
「嘉人さん?」
「うん。呼んじゃってゴメンね。梅沢の件で話しておかないといけないことがあったから、来てもらったんだ。明日でも良かったんだけど、ちょうど入って来たのが見えたから」
とりあえず厨房閉まる前に食べ物を注文するようにと端末を渡されて、学生証をリーダーに通す。選ぶのも面倒だから素うどんにして、そのまま端末を高吉に渡した。
正面に嘉人さんが座って、その向こうのテーブルに他の人たちが座っている配置だから、俺からはピンクの頭しか見えない。
「話って何ですか?」
「うん。大変に不本意なんだけどね。結論から言うと、処分なしになった」
「はぁ? んだ、そりゃ!」
俺が反応するよりも、高吉の反応の方が早かった。まぁ、そうだろうね、と俺は思うから、高吉の気の済むようにしてもらうことにする。
なにしろ、俺がされたことといえば押し倒されてキスされただけだ。足の怪我の時でも謹慎3日と反省文だけだったのに、それ以上の処分が下るわけがないんだ。
「ただし。立て続けに鷲尾くんに被害があったことを考慮して、監視をかねて梅沢はSクラスで引き取るよ。それと、生徒会で雑用させることにした。だから、夕飯までは鷲尾くんに関わることもできないと思う」
説明されて、ちょっと申し訳なくなった。生徒会としてそこまでの責任はないのに、面倒を引き受けてくれるなんて。
そのために呼ばれたのに、役に立てなかったなぁ。
「監視を付ける大義名分ができただけ、感謝してるよ。今はとりあえず、足を治して。ね?」
俺の罪悪感に気付いたのか、嘉人さんがフォローしてくれるから、ここは素直に頷いておくことにする。また、怪我を治して株主総会乗りきって、余裕ができたら手伝えば良いよね。今は甘えよう。
「稲嶺さんも。それで許してもらえませんか?」
「気に入らねぇが麒麟が納得してんならそれで良い。俺には何の権利もねぇしな」
本当に気に入らないらしくて舌打ちしてるけど。俺が嘉人さんを尊敬してるのは知ってるし去年の騒動で浅からぬ面識ある相手だからか、高吉も大人しく引いてくれた。良かった。
「で? 正式な処分がねぇってのは分かったが、もっと大事な事が抜けてんじゃねぇのか?」
「そうだね」
高吉が言及して嘉人さんも頷く内容に、俺には心当たりがなくて首を傾げてしまった。他の生徒会の面々も分かるようで、ここから見える磐城先輩も頷いているのだけど。
ちょっと待ってろ、と俺に囁くように言って、高吉が席を立つ。向かった先は隣のテーブル。生徒会に知り合いはいないはずだから文脈からみても狙いは梅沢だろうけど、いったい何の用なのか。
「おい」
え。呼び掛けただけなのに恐いよ。さすが筋金入りの元ヤン。経歴はたいして変わらないはずなのに、弾かれたように立ち上がった梅沢は腰が引けているようすだ。
「な、何……。何だよ! お前、誰だ!」
「こいつの連れだ」
「麒麟をこいつ呼ばわりするなよ! 失礼だな、お前!」
「失礼で結構。お前なんぞに尽くす礼など持ってねぇ」
言われた途端に梅沢がきょとんと目を丸くしたのが分かる。かなりバカにしたことを言われているのだから、言葉の途中を遮って猛抗議するだろうと思ったのに。
まさか、意味が分からなかったとか?
「それに、失礼というならお前の方だろう」
「はぁ? 何がだよ。俺は何もしてないぞ!」
うん、あの、色々された人がここにいますけどね。
「今までタイミングがなかったってこともあり得るだろうからな、今時間をやろう。言うことがあるだろう?」
「は? 誰に?」
「麒麟に決まってるだろうが」
そこまでで、やっと俺にも何をさせようとしているのか理解できた。高吉と嘉人さんが揃って梅沢に言わせたいことといえば、やっぱりひとつかな。
何か思い付いたらしく梅沢が顔をこちらに向けたので、高吉がその二の腕を引っ張って俺のそばに引き連れてくる。
そばまで近づきすぎて、そちらに立て掛けておいた松葉杖を蹴ったのだろう。カタン、と音を立てたアルミの松葉杖が床に倒れてしまった。
屈まないと届かないけど屈むには梅沢が邪魔で、当の梅沢は拾おうともしなくて、かわりに梅沢の後ろの高吉が拾ってくれた。
梅沢の気が利かないあたりはもう慣れたけどな。
「麒麟! 好きだ!」
松葉杖に意識を取られていた俺の耳に届いたのはそんな言葉だった。
もう、梅沢の空気読めない加減も慣れたよ。こちらが思うことがこの口から出るとははじめから期待してない。
かわりに、俺以外の全員の視線が梅沢に集中した。俺の隣の席に戻りかけていた高吉もその時いた場所で変な格好で固まっている。
梅沢は耳まで真っ赤に染まった顔で目をキラキラさせて俺を見つめている。返事待ちなのかな、これは。
俺が返す返事なんてため息くらいだけどな。
「……麒麟?」
窺うような声色で、断られるなんて微塵も考えていないような期待に満ちた目で、梅沢が俺に返事を促してくる。
返事をしたのは、嘉人さんだった。
「……君、幼稚園からやり直したら?」
「はぁ? 何だよそれ! バカにすんな!」
「誰でも思うことを口にしただけだな」
次に返事をしたのは磐城先輩だった。その向こうで書記コンビが首振り人形化している。
「麒麟に言うべきこと言えって言ったのそっちだろ!」
「だから、それじゃない、って話」
さらに生徒会組から返事が返ってくる。この声は齋藤だろう。
それじゃない、と言われて、他を思い付けないのだろう。訝しげに眉を寄せて梅沢が首を傾げている。
「それじゃないって、じゃあ何だよ。わかんないよ!」
うん、それは君がおバカさんだからだね。だって、梅沢以外は全員が分かってる。
「人を傷つけたらまず謝るのが筋だろうが」
「俺、悪いことしてねぇもん」
「いきなり抱きついて転ばせて怪我させたのは悪いことのうちに入らないのか」
「あれは事故じゃん」
「怪我人押し倒して無理矢理キスするのは悪いことではないと?」
「好きなんだから当たり前だ!」
「同意は取ったのかよ」
「麒麟は恥ずかしがり屋だからな!」
俺、いつ恥ずかしがり屋さんに進化してたんだろう。そんな萌えスキルは持ってないぞ。
梅沢理論に二の句が次げなくなったところで頼んでいた食事が到着して、俺はとりあえず隣に立っている人は意識の外に追いやって箸を取った。
いつもながら、素うどんのわりに具が多い。
「麒麟! 返事は?」
あ~あ~。聞こえない聞こえない。
「眼中にないとよ。麒麟は俺のだ。失せろ」
高吉がしっしっと手に取った箸を振っている。お行儀悪いよ。ぺしっと箸を持つ手を叩いて教育的指導もしばらくぶりだなぁ。
今の今まで高吉が何者なのかまったく気づいてなかったらしい梅沢が、ぽかんと口を開けて身動きを止める。
顔の出来の良いヤツは間抜けな顔してても見目悪くならないらしい。何だか地味にムカつく。
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