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第17話

 決定通り、梅沢はクラスを変わって日常的にその姿を見なくなった。  年度内のクラス替えは前例もなく噂の種になっていたが、休み中に何か不祥事を起こして生徒会の監視下に置かれたらしい、という理由で誰もが納得したようだ。  松葉杖が取れるまでは学生寮で生活していた俺も、湿布とサポーターだけになると早々に教員寮との往復生活に戻った。  株主総会は6月末に予定されている。配付資料は印刷に回してあるが、他にも準備すべき事項は山のようにある。  学園の方でも七夕コンテストの準備で校内が騒がしくなっていた。10月の生徒会役員選挙の予備選のような扱いなので、出場者にも気合いが入っている。  ちなみに、七夕コンテストは立候補者の織姫や彦星の仮装から選ばれる一方、生徒会役員選挙は立候補なしの自由投票だ。生徒会役員を目指すなら、七夕コンテストで顔を売って本選の票数を稼ぐのが近道。よって、予備選扱いというわけだ。  現生徒会長の嘉人さんは去年の織姫優勝者だった。クラスメイトが主体で嘉人さんを飾り付けて送り出したら優勝してしまったのだそうだ。彦星優勝者は池永でしっかり書記に収まっているのだから、予備選扱いも納得である。  例年通りだそうだが、この七夕コンテストには生徒会役員は出場しない。今さら売名行為は必要ない、のではなく、単純に運営側だからだ。  クラスメイトたちからは俺の出場を何故だか強くプッシュされた。が、俺自身にそんな暇は残念ながらない。  クラス単位の出場ではない上に参加希望者があれば何人でも受け付けるシステムのため、出場者数は織姫彦星合わせて50人を超えた。みんな閉鎖的な空間で娯楽に飢えているのだろう。  そろそろ授業を休んで仕事に専念しないとまずいかな、と思いはじめた総会3日前。まだ普段通りに学生寮の部屋でカナっちが迎えに来るのを待っていた。  リビングにすっかり冷めたカフェオレと外付けHDDをくっつけたネットブック。学生寮にいるのは精々3時間程度なのでこれで十分事が足りる。  梅雨に入り湿気の強い気候の続く中、珍しく晴れたので部屋に風を通すように全部の窓を開け放っていた。1階だから無用心かもしれないが、そもそも学園内に外部の人間は入り込めないので心配もしていない。  窓から窓へ吹き抜ける風が心地好く、ソファーでメールを読んでいるうちに転た寝をしていたようだ。  気がついたらソファーに横になっていた。顔の前に人の気配がする。  この部屋にいるなら嘉人さんだろうが、まぶた越しに室内がまだ明るいのは分かるし、嘉人さんは今の時期はイベント準備で忙しいはずなのだけれど。  目の前にいるらしい人は特に声をかけるでもなく俺の寝顔を見つめているらしい。それもかなり間近で。  頭は覚めても身体がまだ眠っていた俺も徐々に覚醒してきて、いつまでたっても無遠慮に俺の寝顔を見ている人物が気になってきた。  勿論不快感を伴って。  目を開けて、目の前に見えたのは梅沢の顔のどアップだった。しばらく忘れていたから警戒心も薄れていて、不意討ちもいいところ。 「ちょっ……んぅっ」  唇を奪われて押し退けようと手を上げようとして驚いた。頭の上で縛られていたんだ。  気付かなかった自分も大概だけど。連日夜更かしして疲れがたまっていたところに寝起きを襲われて、分かるわけないって。  嫌だと首を振るけれど、がっしり顔を掴まれていて動かない。  せめて足をばたつかせたら、今度は身体で押さえ込まれた。 「んぅ~っ、んんん~」  せめて暴れて振り落とそうとするけれど、さすが元ヤン、力ではさっぱり敵わない。  力で押さえつけられるのが分かって勢いついた梅沢が、一旦顔を離して俺を見下ろし、ニヤリと笑った。その不気味な笑みに身体が硬直したのを自覚する。 「今日は誰も来ないよ。ゆっくり楽しもうね、麒麟」  うちゅっとその唇で俺の口をすっぽり覆い、ねちょっとした舌が無理矢理入り込んでくる。  嫌だ、汚い。そう思ったのが、正気を保てた最後だった。  ホロリと零れた涙を感じて、せめてきゅっと目蓋を瞑る。  制服がビリッと音を立てる。ベルトが外れて生温い手が潜り込んできて。  いや、そこはホントに! 「いやああああぁぁぁっっ!」  ……痛い……  ………キタナイ………  …………キモチワルイ…………

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