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第19話
株主総会も滞りなく終わって、仕事がやっと一段落ついた。そもそも業績に問題もなく公開株だが上場していない会社で最高責任者が筆頭株主なのだから、紛糾する余地がない。
開会時間ギリギリに到着して、さすがに今朝まで数日間寝っぱなしだった病み上がりにより閉会までいるのが精一杯だったため、その後の親睦会は社長に任せて帰宅することになった。欠席の予定を覆して出席したことで、経営陣総出で気を遣われたのが少々心苦しい。夏休みには全快するだろうから、そこで挽回しようと思う。
学園には週明けの月曜日からまた通っている。週末中に高吉に甘やかされて英気を養っておいたので、夏休みまでの1ヶ月足らずくらい乗り切れるだろう。
俺が寝込んでいる間に事件の事については噂も回りきっていたようで、クラスのみんなからは何事もなかったように接してもらえている。むしろ、彼らにとっては問題児の退学よりも七夕コンテストの方が大事だったりもする。
七夕コンテストでは、七夕の2日前の放課後に講堂に男子高等部の全生徒を集めてのアピールタイムが設けられ、それぞれに選んだ織姫と彦星を書いた投票用紙を食堂前に設置した投票箱に投函。翌日中に集計を終えて、七夕当日の放課後にまた講堂で授賞式が行われるスケジュールになっている。
そのアピールタイム当日。
授業が終わった途端に、カナっちと吉川に捕まった。クラスの何人かが教室のカーテンを外して俺を囲む様に目隠しを作り、どさりと渡されたのは女性モノの白袿と朱袴、花柄の袿に羽衣。日程と衣装を見ればイヤでも趣旨が分かるというもので。
「立候補してないけど?」
「大丈夫! かわりにしておいた」
イヤイヤ、満面の笑みでサムズアップって、断れないでしょうが。
着物の着方がわからないから、と言いかけたところ、何故か即席更衣室に顔を見せたのは嘉人さんだった。曰く。
「着付けに来たよ」
俺がてんてこ舞い及びダウンしている間にカナっちと嘉人さんの間で密約が交わされていたらしい。
そもそも、だ。
化粧映えするし体格も小柄だから女装に違和感がないだけで、地味で平凡な男子高校生の俺が、織姫なんかに出場してどうするんだ。声を大にして主張したい。
とブツクサ言っていたら、嫌がる俺を強引に控え室まで連れてきたカナっちにいい加減腹を括れと叱られた。
「体育祭で人気跳ね上がってんだよ、お前。今更欠場なんてなったらうちのクラスが孤立しちまう」
怪我のせいだったとはいえ、ダンスが終わったら即座に病院に駆け込んだことで行方を眩ませていて、事情を知らない他クラスでは謎の美女と話題になっていたそうなのだ。
そんな中、織姫候補に名前が上がって、前情報として新聞部が候補者略歴一覧と称したゴシップ記事を出した中に俺の名前イコール体育祭の謎の美女と紹介されてしまって、にわかに大注目候補に押し上げられているのだとか。
多忙だったとはいえ、見事に話題に乗り遅れている自分に愕然としてしまった。
まぁ、梅沢以外の噂をほとんど気にしていなかったせいもあるだろうが、ここまで自分に関する噂に疎かったとは思わなかった。
うちのクラスからは織姫がもう一人と彦星にカナっちが名乗りをあげていて、そのため控え室ではカナっちの監視付きだった。直前で逃げ出すこともままならない。
「吉川が写真もバッチリ撮っておいてくれるってよ。気合いいれて行け」
「俺、いつのまに女装キャラ認定?」
「体育祭でしっかり認定済だな」
あう。一時の恥のつもりだったのに。
コンテスト自体は舞台に上がってファッションショーのようにウォーキングとポーズだけで済む。何しろ時間が限られている上人数も多いので、一芸披露するような時間も作れないらしい。
司会には昼の放送で人気のある放送部のアナウンサーが務めた。一々盛り上げる司会に合わせて会場もヒートアップする。
食堂はいつにも増して人が多かった。普段とは時間をずらして閉店間際に食事に行くことにして、カナっちと一緒に試験勉強をすることになった。七夕の後には期末試験が控えている。
カナっちは元々Sクラスが適切なだけの学力があって、理数系で理解出来なかったところを教えてもらったらこれまた分かりやすい解説をくれた。
鷲尾家に生まれておいて俺の成績が中の中という一般大衆並みに留まっているのは、記憶力の無さが主因だ。
主旨を拾って雑事は記憶に残さない頭の使い方を普段しているから、いざ丸暗記しようとしても右から左へ抜けていく。しかも、何でこうなるのか理解できていない公式やなんかは主旨を掴むことすら出来ない。
そこをカナっちが上手く補完してくれた。つまり、公式丸暗記が出来ないのなら理解すれば良い、といって公式の成り立ちを教えてくれたわけだ。教科書にも書いてある内容を噛み砕いて理解できるように。
ホント、頭が上がらない。
勉強にキリを付けて食堂に移動すると、早い時間に客が集中したおかげで閉店間際だったこともあってガラガラだった。
今日の日替り料理はトルキッシュで、たまにはケバブでも良いかも、と思う。ちょうどまだ用意されていた分が売り切れていなかったのもラッキーだ。
サラダ、ピラフ、ケバブに豆のペーストなどが乗ったワンプレートで、バランスも良く食べやすいのが嬉しい。向かい合わせてカナっちも同じものを食べているから食べながら味がどうのと言い合えて楽しかった。トルコ料理なんてなかなか食べられないからなぁ。
で、帰り際に投票箱に寄ったら回収に来た生徒会役員と鉢合わせた。
投票用紙は事前に各クラスで配付されていて、紙の色で投票者の学年までは分かるようになっている。で、投票箱はひとつでは入りきらないだろうからと3箱用意されていた。その箱を二人でひとつ持っていくらしい。
二人で一箱なら、一人足りないのだけれど。
「ちょうど良かった。カナっち、手伝って」
にこっと笑って強引に巻き込む嘉人さんに、俺とカナっちが顔を見合わせる。まぁ、困っているなら手を貸すのも吝かではないが。
「きーくんも、開票手伝ってくれない? 人手が欲しいんだ」
「足はもう良いのか?」
ついで心配そうに磐城先輩に声をかけられて、生徒会の皆さんには結構な迷惑をかけたんだったと思い至る。お礼も兼ねて了解して俺が頷けば、カナっちも俺に合わせて頷いてくれた。
やってみたらこれがまた大変で。
歴代の生徒会役員様に脱帽でした。
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