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第20話
七夕当日。
開票を手伝ったおかげで結果も昨日のうちに知っていた俺は、放課後の表彰式をサボって理事長室にいた。
ちなみに結果は驚きの4位。体育祭の前評判が強く影響したと見える。表彰台は逃したのでサボっても式典に影響はない。
理事長室では梅沢の母方の祖父で今回の問題を学園に押し付けてきた張本人である国会議員の中でも大御所と呼ばれる類いの人物が、俺の真っ正面にふんぞり返っていた。
その隣に座っているのは立場から考えれば俺の母と同じ世代のはずなのに年齢不詳な外見の女性。
何だかんだと理由ばかり捲し立てているのは、梅沢の母だそうな女性の方だった。
「それはつまり、被害届を取り下げろと、そういうことですか」
「もちろん、怪我をされたご本人には充分な補償をさせていただきますわ。退学処分とのことについても異議は申しません。ですので、刑事事件としての立件を避けていただきたいのです」
監禁と暴行、傷害について被害届を出したのはうちの両親だったはずで、学園からは入学許可の強要に対する慰謝料の請求を民事から行っている。
この状態に対して被害届の取り下げを要求されるというのは、つまりうちの両親との交渉が上手くいっていないので被害者本人である高校生を丸め込む作戦に出たということだろう。
母の主張はさらに続く。
「それとは別に、理事長さんには賠償請求を取り下げていただきたく存じます。退学するのですから充分責任は果たしたのではありませんか?」
持論に自信があるのだろう。胸を張ってそう言い切った。
本来、退学処分を受けるのは学生本人の責任によるところだけれど、学園からの賠償請求はそんな問題児をこちらの判断にまったく因らずに権力を笠に着て押し付けてきたことに対する、学園が学生が起こした問題について被った損害に対するものだから、主体が違う。要は論点の摩り替え。
これは鉄良さんも承服できなかったようで、とんでもないと拒否の姿勢だ。
「正規の手順に基づいて転入試験を受けての受け入れであれば我々にも選択による責任が生じますが、今回は特例を適用しています。それに、問題行動により在籍困難となった場合にはそれなりの補償を請求させていただく旨、念書をいただいております。拒否されるというのであれば、公的手段に訴えて争うことも辞さないつもりです」
こちらに引く気がないことを明確に宣言ということで。
それから、鉄良さんはこれ見よがしに腕時計を確認し、その場に立ち上がった。
「説明会の時間がありますのでお引き取りください」
時間制限は元々決まっていて、それを事前に知らせてもいたのだろう。強引に追い立てられて二人が帰って行くのを、俺はただ見送った。
玄関まで送って戻ってきた鉄良さんは、帰らずにソファーに寛いで待っていた俺に苦笑を見せた。
「進展も無さそうだから追い返したが、まずかったか?」
「いいえ、全然。ただ、補償しますとは言われたけど謝られなかったなぁと思って。俺の知らないうちに謝罪があったりした?」
話は聞いていたつもりだけれど、お金の話より先にすべきことがあるんじゃないかとその事にばかり気をとられていた。
それはたぶん、梅沢本人から謝罪がないことを元々気にしていたから余計に気になったのかもしれないけれど。
言われてそう言えばと気付いたようで、鉄良さんもはっとした表情だった。
「言われてみれば。謝罪とかそれに類することは言われていないな」
「でしょ? もう、本人が自発的に謝るか要求した慰謝料全額出すか以外妥協しなくて良いと思うよ」
本当は俺の中では何も解決していないのに、加害者側ばかりが身軽になろうとしているのが許せない。
正直顔も見たくない相手ではあるが、謝るなら本人でなくちゃ意味がないし、金で解決しようというならそれなりの金額を出してもらわなければ話しにならない。
被害者本人の心情的に厳しい要求をしている自覚はあるけれど、他人の立場から見てでもおかしな要求はしていないと思うんだよね。
「本人の意思は尊重するよ。兄さんは一先ずきーくんの怪我が完治するまでは交渉に応じないつもりでいるらしいから、安心してゆっくり治して」
そう言って鉄良さんが頭を撫でてくれるから、俺はそれを頷いて受け入れた。
さて、彼はそろそろ本当に出なければ間に合わない時間だ。高吉にプレゼントされたふわふわのドーナッツクッションを手提げ袋に突っ込んで、俺もようやく腰を上げた。
「あぁ~。気が重い」
心底気だるそうにぼやいた鉄良さんがちょっと気の毒。学園には何の責任もない事件なのに、それでも責任者としてPTAへの説明責任はどうしても発生してしまうから仕方がない。
「いってらっしゃい。頑張って」
「あいよ~」
やる気の出ない声に俺も苦笑するしかない。
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