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第22話

 鷲尾家代々の墓は多摩丘陵の一角に本家も分家も纏めて建てられている。家族がたとえバラバラの道に進んでも死後は共に暮らせるように、という初代の遺志だ。  そのため、鷲尾家の法事は分家が先に行い、最後に本家に集まって全員で墓参りする予定になっていた。  おかげで本家も分家も末端まで全員が顔見知りで、しかも普段の没交渉が嘘のように仲が良い。ここに揃わない血縁者は他家に嫁入りした女性くらいで、それも都合がつけば墓参りには駆け付けるほどに身内を大事にしていた。  老若男女が揃った墓地はさすがに少し窮屈なほどで、初参加の高吉と嘉人さんがその人数に驚いていた。その全員に対して、高吉はうちの両親から、嘉人さんは鉄良さんから紹介されて挨拶し通しだったせいもあるだろうか。  血族の年功序列に墓参りを済ませていくと、俺が一番最後だ。去年は両親と一緒にお参りさせてもらえたが、今年からは独立最年少扱いなんだ。  高吉を隣に従えて、本家の墓と曾祖父が筆頭の分家の墓に順番に手を合わせる。見よう見まねの高吉が拝んでいるのを横目に見て、俺は分家の墓の前で合わせた手を下ろし、話しかけた。  多分、ここでなければ改まって言いづらい話だ。 「ねえ、高吉」 「……ん?」 「このお墓に、俺と一緒に入って欲しい」  鷲尾の家に骨を埋めてくれ、と。相手も男性だからこそ、口に出すのは勇気がいる。つまりそれは、生家を継ぐことを放棄させることだから。  面と向かっては言えなくて、俺の視線は墓を向いたまま。  しばらく反応がなくて、それから小さく笑われた。 「とっくにそのつもりだ。じゃなきゃ、他の家の法事になんて来ねぇよ」  心配し過ぎだ、と高吉は余裕綽々で笑っていて、見上げた俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくれた。公式の場だからってちゃんとセットしてきたのに。 「ここに入るなら、戸籍上も鷲尾家の一員にならねぇとな」 「稲嶺の家は良いの?」 「どうせヤクザの家だぜ。拘って存続させるほどのもんじゃねぇよ」  むしろうちの家が鷲尾の迷惑になるんじゃないか、なんて高吉は少しだけ心配そうに眉尻を下げた。鷲尾家だって誉められた出自ではないし、無用な心配だと思うけど。 「ずいぶん前にも言ったが、ちょうど良い機会だ、もう一度言っておいてやる。お前の一生は俺がもらうかわりに、俺の一生はお前のものだ。忘れんなよ」  高校生が断言するにはとても重たい言葉を、高吉はいともあっさりと告げてくる。それが口先ばかりの軽い気持ちでないことも、日々実感させられていると思う。  それこそ誰かに強姦されようとも。高吉の立ち位置は揺るぎない。だからこそ、安心して寄りかかっていられる。  そりゃ俺だって男だから、自立心だってちゃんと持っている。寄りかかりっぱなしではいられない。  けれどそれでも、ちょっとした瞬間に気を抜けるのは高吉のそばにいる安心感があるからなんだ。その心地好さを知ってしまったら、一生手放すことなど出来はしない。 「不束者ですが、お墓の中までどうぞよろしく」  改めて向き直って、やっぱり少し照れ臭くて冗談を混ぜながらそう言って、高吉に向かって深々とお辞儀をひとつ。一瞬だけ戸惑った高吉が、俺を真似て頭を下げた。 「こちらこそ」 「そうと決まれば養子にもらう手続きを始めようか!」 「ぅひゃっ!?」  いきなり気配もなく隣から元気な声が横入りしてきてびっくりした。おかげで変な声出たし。  声の正体はうちの父親。馴れ初めが強姦紛いだったと知って激怒し、高吉の覚悟を確かめて認めた途端にうちの婿扱いした破天荒なオッサンだ。しかも、俺の父親とは思えないほど無駄に元気が良い。  その元気の良さで親戚一同の耳目を一気に集めてしまい、衆人環視の中でまるでプロポーズみたいなことを言っていた状況にいまさら気付いた。  うわぁ、恥ずかしい。

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