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第23話
2学期初日に寮に戻った俺は、何故か全校で噂の的になった。
原因は薬指の指輪。高校生だから婚約指輪なのか、男性もするものなのか、ってのが混乱の原因だった。
実態は勿論マリッジリングだ。
先週には養子縁組の手続きも済んで、高吉の名字が鷲尾に変わった。
学校卒業してからで良いと思っていたのだけど、年齢が高吉の方が上だからうちの親の養子にするのでないと鷲尾家に入れないし、両親がそれまでの間に事故死しない保証はないから、とうちの両親こそが積極的に押し進めたんだ。
うちの息子になったんだから、と養育費の負担も引き取ろうとしたらしいけど、高校卒業までは親としての責任を果たしたいと稲嶺の義父が譲らなくて、高吉は今まで通り稲嶺の自宅に住んでバイト三昧の日々に戻っている。
高吉が婿養子の扱いなので、反対に稲嶺家では俺が嫁扱いされていて、義父も義母も義祖父もとても可愛がってくれる。男の嫁なんて扱い難いだろうに、有難い限りだ。
秋は公的なイベントがほとんどない上に祝祭日の多い季節で、イベント屋は稼ぎ時だ。
反対にいえば、経営者の俺は暇な季節だ。経営者といっても実務はほとんど見てないから、経営方針の監査しかできないし、それ以上やろうとすれば忙しい実務作業者の邪魔になってしまうから。
なので、9月の学園イベントは参加することにした。その名もグルメコンテスト。自炊組お待たせしました、な企画だ。
富裕層に生まれ育っていると、自炊は貧乏人の食費節約術だと考える傾向が強い。恥ずかしながら俺もその一人だった。
けど、自炊をはじめてすぐに考えを改めた。料理って無茶苦茶頭を使う作業だ。一食分一汁三菜作るだけでも、手順を考えながらあっちの料理とこっちの料理を平行作業していかないと時間がかかってしょうがない。
それに、料理人の色が如実に出る。同じスーパーで同じように買ってきた食材を同じキッチンで調理するのに、俺と高吉と母と家政婦さんで全員違う味になるんだ。ワケわかんないよね。
そんな奥深さが理由になって、実は夏休みは料理にハマっていた。土日しか余裕がない分、ほとんど丸一日高吉と二人でキッチンに立て込もっていたくらい。
煮物とオーブンとかグリル関係は俺の方が上手く作れるんだけど、フライパンで焼いたり揚げたりするのは高吉の方が上手。総合すれば何でも美味しいものが食べられるんだから良いじゃん、と高吉に宥められたけど、なんか悔しい。
今年のグルメコンテストのテーマは、スープ。古典料理でも創作料理でも制限はなくて料理にかける時間も問わない。
コンテストの審査日当日に食堂前にテントを設置して少量ずつ試食させて、一人1票を選んだ料理に投じる形式だ。一人で出しても良いし、グループで1品出しても良い。投票ルールは七夕とほぼ同じ。
俺は一人で出品申請を出した。夏休み中にうちの家族に絶賛された冬瓜と春雨の中華風冷製スープで勝負だ。冬瓜はもう旬を過ぎてて品薄なんだけど、なんとか確保できたしね。
食べる人数が多い分作る量が多くて、それなりに食材も大量に必要になる。材料費は上限1万までの申請支給で、上限を超える場合は出品者の自腹だ。俺は半分も使わないけどな。
それにしても、冬瓜3玉とか、春雨大袋とか、普通買わない量だよ。一番多いのは三つ葉。全体に比較したら多すぎなんだけど、一杯の量が少ないのにそれぞれ入れようと思うとこれだけ必要だった。これでも一人辺り葉っぱ1枚しか分配できないと思う。最後の方の人は申し訳ないけど茎だけだな。
当日は、料理を作るのはともかく提供するのに一人では手が足りないだろうからと、カナっちと吉川が手伝ってくれた。お礼に肉じゃがをご馳走したら、スープより大絶賛だったのが嬉しいけど少し複雑。
男子校だけあって料理を趣味にする学生はそんなに多くない。
出品されたスープは全15品だった。テーマがスープということで、洋風料理が多い。残暑厳しい9月の開催なので、冷製スープか激辛スープばかりだった。それでも多種多様。飽きが来なくて良いラインナップだ。
その中では多分俺のが断トツで低カロリーだろう。薄味で高タンパク低カロリー。夏野菜の冬瓜には身体を冷やす効果もあって、まさしく夏にぴったりなんだ。
作り方はとっても簡単。ざっくり短冊状に切った冬瓜を薄切り玉ねぎや鶏胸肉を茹でて割いたものと一緒に市販の鶏ガラスープで煮て、塩と酒とラー油で味を整えてから春雨を投入。春雨が適度に戻ったら余熱で充分だから火を止めて良いし、冷蔵庫でじっくり冷やせば完成だ。仕上げに盛り付けたお椀に三つ葉とクコの実を散らす。
薬膳か、ってツッコミは聞かなかったことにした。
しかし、不安がひとつ。審査員が男子高校生ってことは、低カロリー塩分控え目なんて求められない気がしなくもない。若い女性とか中年サラリーマンが審査員だと勝つ自信あるんだけど。
コンテスト当日、俺は自分に与えられたエリアに籠りっきりで使い捨て容器にせっせと料理を盛り付けていた。
テント前面のテーブルに並べておいて、ご自由にお持ちください形式なんだけど、それでも用意するのが間に合わなくてテント前に行列ができてしまうんだ。開催時間直後はどこのテントもこんな感じみたい。
で、せっせと働いている間に手伝ってくれているカナっちと吉川が交代で他のテントに出向いていって別の出品者のスープを集めてきてくれた。もらいに行ってる暇はできないものと諦めていたから正直助かった。
用意してあったスープと容器はほぼ同時になくなって、絶妙な配分に自画自賛してしまう。イベント時間はまだ1時間ほど残っているけれど、あちこちで売り切れ表示が出始めていて、うちのテントも今出している分が出尽くせば終了だ。
ようやく座れるようになって、カナっちと吉川が集めてくれたスープに手を伸ばす。冷製スープは少し温くなってしまったので、鍋を冷やしていた氷で冷やし直して、先に熱々だったはずの温くなったスープをいただく。
熱々のスープは3品あって、豆腐チゲとトムヤムクンとメキシカン風な豆のスープ。どれも違った辛さだ。カナっちと吉川と3人で1皿を分けあって食べるから味見程度でお腹にも溜まりにくく色々食べられるのが嬉しい。ホント、この二人には感謝だな。
冷製スープは、6品あった。ビシソワーズとかトマトスープとか、多種多様。肉を使うと脂が固まってしまうからみんな野菜が中心なんだけど、年齢的になのか富裕層の見栄が出るのか、手間隙かかったこってりしたものが多い感じだ。
15品出てたはずだから5品取り損ねた計算だな。まぁ、出展側で忙しくしていたのだから仕方がない。
その中では、コーンスープが断トツに旨かった。もらってきた吉川の証言によると、今でこそスープ状だけど受け取った時はシャーベットだったらしい。
全部食べ終わった頃には出品時間も制限間近だったので、早めに店じまいすることにした。他の出品者もほとんど引き上げているしね。
空になった鍋に付け合わせを容れてあったボウルとかお玉とかを適当に放り込んで、テントの中を片付ける。氷がほとんど溶けきった盥の水は食堂の流しに捨てさせてもらったし、最後に多少汚れたテーブルをキレイに拭いて終了だ。
持ち帰る分は重ねれば一人で持ち上げられる量だったけど、七夕あたりから過保護なくらいに気を遣ってくれる二人が手分けしてくれて、俺は残った容器を入れたビニール袋くらいしか持たせてもらえなかった。
スープで充分お腹もいっぱいになったし、俺たちは帰り際にそれぞれ思った作品に1票を投じるとそのまま寮に戻った。
食堂から寮までは屋根を付けた渡り廊下とその付近も歩けるように舗装されていて、雨の日でも傘不要だし晴れていると解放感もある作りになっている。
その代わり、渡り廊下をすべて繋ぐように建物が配置されていて、2年生用の学生寮の棟は偶然にも一番遠い。
その一番奥の寮の入り口付近には、何故かその時人だかりができていた。個人の自主性が尊重される校風な影響なのか群れることを好まない学生が多いこの学園では、けっこう珍しい風景だ。
しかも、よく見るとうちのクラスのメンバーが多いようなんだけど。
何事だろうかと3人で顔を見合せ、少し歩調を早めた。人だかりの外の方にいたクラスメイトの小林くんがこっちに気付いて慌てて走りよってくる。
「どうし……」
「鷲尾! 逃げろっ!」
へ?
「な、何……?」
「いいから、早く!」
いや、そんな焦ったように言われても、何が起きてるのかさっぱり分からないんだけど。
と、戸惑ってカナっちや吉川とさらに顔を見合せた瞬間。
「あぁっ! 麒麟! やっと見つけた!!」
……え。
なんで、梅沢がいるの?
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