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第24話
先に謝っておきます。
その後の出来事は伝聞でしか知らないので、聞いた通りに説明します。
梅沢の声を聞いた途端、俺は一切の思考を停止していたようで、気がついたら学生寮の自分の部屋でベッドに寝かされ、高吉に手を握られていた。
今日は週の真ん中水曜日。部屋の電気が点いていてカーテンの向こうは暗いからもう夜遅い時間のはずだ。この時間、高吉はバイトで忙しいのに。申し訳ない。
目を覚ました俺に、高吉はほっとした顔を見せた。
「あれは片付けたからな。安心して良い」
あれ?
一瞬何を指したのか分からなくて首を傾げた。何で寝てたのか、って思い出してみて、すぐ分かったけど。
俺と梅沢の間に何があったのか、本人を除けば一番に知っているのはカナっちで、梅沢の顔を見た途端に身動きしなくなった俺を支えてベッドに寝かしてくれて、嘉人さんを呼んでくれたのもカナっちだった。
梅沢は吉川が主体になって拘束して、不法侵入者として学園男子高等部長に突き出してくれた。高吉に連絡してくれたのは嘉人さんで、梅沢が何故ここに現れたのかを確認するため、生徒の代表として理事長と一緒に警察に行っている。
嘉人さんから連絡を受けた高吉はその時やっぱりバイト中で、店に戻る途中でバイト仲間から代打を見つけて交代して、そのままここに来てくれたそうだ。
俺が怪我している間に来訪者手続きを覚えていた高吉は、何度も来ているおかげで事務員さんたちに顔を覚えられていたおかげでほぼ顔パスだったらしい。
それよりも、この部屋で初顔合わせのカナっちに鉢合わせて盛大に警戒されたそうだ。俺の身内だという一番の証明になったのがマリッジリングだったのは、何だか少し面映ゆい。
そのカナっちは、俺が高吉に連れられてリビングに出た時もそこにいて、俺たちに美味しく淹れた紅茶を飲ませてくれた。
色々バタバタしてたのが落ち着いたら手持ちぶさたになったとかで、持ち帰ってきた鍋も洗ってくれたようだ。
「しっかし、そうかぁ。やっぱりキリは受けかぁ」
自分も同じように紅茶を啜りながら、カナっちが意味深に笑った。攻めとか受けとか通じるなんて、腐女子かよ、とか思うけど。まぁ、この学園ならではだね。
で、それがやっぱり通じる腐男子の恋人な高吉は苦笑を返すのみだ。
「やっぱりってさ……」
「いや、ノーマルじゃないとは思ってたんだよ。外部生なのにホモに寛容だっただろ? むしろそれが当然ってくらいの受け入れ方だったから、何か前提知識があるんだろうなってさ」
さすがの観察力だ。そんなに分かりやすかったのかな。前提知識なぁ、と高吉は何かニヤニヤしてるし。そりゃ前提知識は豊富ですよ、耳年増な方向で。
転校してきて数ヶ月経っても個人情報がさっぱり漏れて来ない俺は、学園の中でも謎の人物扱いされているらしい。
それは、普段行動を共にしているカナっちも同じなんだそうで、学園内での俺を第三者の目から見ると面白いんだそうな高吉と、俺をそばに置いておきながら早々に打ち解けて俺の噂話で盛り上がる。
謎っていわれても、学園理事長の身内なのは周知されているし、それ以外は普通の男子高校生なのに。
「でも、こんなカッコイイ旦那様がいるとは思ってなかったなぁ。どこで知り合ったのさ?」
「地元の街ん中だな。仕事関係でライバル会社から逆恨みされててな、誘拐されそうになってたところを助けてやったんだ」
「会社? って、親の?」
「本人の」
その答えに、カナっちが不思議そう。
で、カナっちの反応から俺が仕事持ちなのを明かしていないのを知った高吉はこちらも不思議そうに俺を見た。
いや、別に故意に隠してたわけじゃないんだよ。教員寮を借りてる特別待遇は内緒だけど、会社の経営者やってる話は前の学校でも特に隠してなかったし。
ちょうど良い機会だから社会的な身分を明かしたら、カナっちに盛大に驚かれてなおかつ尊敬された。会社経営なんて学校のお勉強よりよっぽど簡単なのに。脳を使う部分が違うって意味でだけど。
「それで、いつも放課後忙しそうだったのか。土日も寮にいないしさ。夕飯の後も部屋にいなくない?」
ありゃ。バレてましたか。
「いないっていや、サクサクもだけどな。二人揃ってどこ行ってんだろうなぁって思ってたんだ」
二人ともいないのはその通りだけど、行き先は別の場所なんだけどね。やっぱり嘉人さんは部屋にいないらしい。ちょうど従兄弟のヒカルくんも可愛い盛りだし、子育てに奮闘してるのだろう。
サクサク、というアダ名に聞き覚えのなかった高吉が俺を確かめるように見やるから、俺は苦笑しつつ肩をすくめた。浮気を疑われた視線じゃなかったのは多分信用してくれているのだろうね。
「サクサクってのは?」
「ここの同居人」
「……あぁ、嘉人か」
まぁ、普段から名前で呼んでるし、鷲尾の嫁な認識が前提にあるからな。佐久間って名字も微妙に忘れてたんじゃないかと思う。忘れられた本人も笑い飛ばしそうだけど。
「え? 知り合い?」
「あぁ。鷲尾の入り婿って意味では同じ立場だからな。面識はある」
「ちょっと、ヨシさん。勝手にバラさないでくださいよ」
声聞くまで俺すら気付かなかったけど、横から抗議の声を上げたのは帰ってきた嘉人さんだった。珍しく鉄良さんも一緒。
倒れた親戚の子の見舞いに来るのは不自然ではないからか、カナっちも鉄良さんの姿を不思議に思っていない。けど、その立ち位置はあからさまに嘉人さんの旦那な位置なんだけどね。
おかえりなさい、と声をかけてお茶を淹れるために立ち上がりかけたら、カナっちに座っているようにと押し留められた。もうすっかり落ち着いたから別に良かったのに。
3人の住人がそれぞれゆったり座って寛げるようにと、3人掛けのソファーを向かい合わせたリビングの配置だから、5人でもそれなりにゆったりと全員座れる。カナっちに俺の隣に来てもらって、正面に鉄良さんと嘉人さんが寄り添って座った。
カナっちの淹れてくれた美味しい紅茶を味わって落ち着いて、警察に行って聞いてきた事実を教えてくれたのは鉄良さんだった。学園の責任者だし、順当だろう。
梅沢は、少年審判の結果執行猶予2年の付く有罪判決が昨日下されて保護観察処分になり、今朝鑑別所から釈放されたそうだ。釈放後は指導員の付き添い付きで自宅に戻されたが、昼食までのわずかな間目を離した隙に行方不明になり、学園内で発見されるまで地元で捜索されていたとか。
てか、釈放された当日にいきなり行方不明って、どうなのよそれ。禁固刑と更生プログラムによる指導が必要なレベルじゃないの。
釈放早々に犯罪被害者への接触が計られたことで再犯の恐れありとみなされて、梅沢は今夜もまた警察の留置場で夜を明かすことになったそうだ。すでに役所は業務時間を過ぎている時間だったのと、拘置処置となったことで急ぐ必要もないと認められたのとで、検察への送致は明日になるらしい。
その後、執行猶予の取り下げ手続きになるのか、他の拘束手段があるのか、俺もよく知らないけど。少なくとも自由にさせておけないと大人たちに認識されただろうと期待したい。
「でも、いずれにしても拘束きつくなるだろうからなぁ。報復できなくなるんじゃないか?」
そうやって心配してくれる鉄良さんに、俺も少し困って肩をすくめた。
確かに、梅沢の保護者が少年院行きを嫌って手を回してくると思ってたから、すぐ出てくるつもりで計画してた。けど、梅沢の俺への執着も予想以上だったけど、何より俺に残った梅沢に対する恐怖心が意外な問題点として露呈したのがまず問題で。これでは直接報復なんてできやしない。
「計画練り直しだなぁ」
むぅ、と不機嫌に唇を尖らして剥れた俺に、鉄良さんと嘉人さんは微笑ましげに笑っていて、高吉は何だか可笑しそうだった。
「諦めはしないんだな」
「当たり前じゃない。俺、怒ってるもん」
ヤられっぱなしでなんて、いられるわけがないんだよ。俺を怒らせた報いは受けてもらわなくちゃね。
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