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第26話
学園内は学園祭の準備が本格化していた。その前に生徒会役員選挙があるけれど、立候補制ではないので選挙戦がまったく盛り上がらないんだ。
学園祭にはグループ単位で申請すれば自由に参加できる。なので、文化系の部活動を中心に、体育系や各クラス、寮の同階メンバーなんてグループもあった。
ご近所や系列他校などの外部者を受け入れるため、飲食店の出し物も豊富だ。事前申請と保健所の検査があれば出店数にも内容にも制限はない。唯一、アルコールはNGという程度。
所属している2年C組では、ダンスホールを用意した。タイムテーブルを入り口に貼り出して、社交ダンスからディスコまで幅広く、時々社交ダンスレッスンの時間やジャズの生演奏、DJによる本格的なミキシングなんかも予定されている。
それだけの事ができる人材が揃ったクラスだということだ。何人かは家業柄社交ダンスは必須科目だそうで、この陸の孤島から週末毎に繁華街に繰り出してのクラブ通いをしている者、音楽の趣味が高じて自室のパソコンや専用機材を用いて音楽を楽しんでいる者、ジャズピアニストの卵なんてのもいたりする。ピアノの練習はどうしているのかと聞いたら、毎日第2音楽室を借りきっているそうだ。
一般教室では他のクラスの出し物に迷惑をかけるため、その第2音楽室を借りての開催になる。本会場は一般教室の方で少し距離があるため、道案内のポスターを大量に作ることになった。
俺はそのポスター作りの担当。普段が忙しい分暇が苦痛で、仕事を与えてもらえると必要以上に凝ってしまうのだけど。まぁ、良いか。
因みに、凝りすぎて仕事場にポスターの原案を持ち込んだら、菫さん他クリエイターの皆様に総ダメ出し食らいました。さすが本職の感性はすごいと改めて実感。
報復の件は菫さん預りになっていて俺すらノータッチな現状。
ターゲットの動向を探るためにプロの探偵まで使っているらしい。必要経費のために好きに使って良い口座を預けてあって、そこから判明した。反対にそのくらいしか経費が使われてなくてそれはそれで心配なんだけど。
そういう、あれこれ準備期間なある土曜日だった。
いつものように午後からやって来た高吉に、なにやら丸め込まれてバイクの後ろに乗せられた。向かった先は地元の高吉行き付けのバイク店なのだけど。
そこには先客があった。
一人は知っている。高吉が去年までつるんでいたチームのヘッドで、橋元さん。その隣の人は年下っぽい初見の子だ。
何故彼らが待っていたのか分からず、高吉を見上げる。高吉は何故か苦笑気味だ。別にトラブルなわけではないらしい。チームを抜けた時もけじめはちゃんとつけてたし、因縁にしても日が経ちすぎている。
「久しぶりだな。こんなところまで来てもらってすまない。このガキがお前に謝りたいそうだ」
謝る?
知らない子に謝られるようなことはないと思うんだけど。ただ、誰かに似てる気はする。
「どなたですか?」
「初めまして。梅沢彼方 といいます。兄がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
へ?
……ええっ!?
梅沢の弟!?
「あのわがまま姫に弟なんていたの!?」
兄弟がいてしかも自分が兄貴分であのわがままぶりは、嘘でしょ。
驚き過ぎて失礼なことを口走ってしまった。弟だと自称している相手に兄の悪口なんて、我ながら恥ずかしい。
自称弟くんは驚きすぎな俺に怒ることもなく、むしろ恥ずかしそうに頬を染めた。中学生くらいに見えるけれど、年相応以上に反応が可愛い。兄貴の反動だろうか。梅沢の弟だけあって、顔立ちは整っているから余計に。
「兄は本宅で何不自由なく育ちましたから、そのせいでしょう。僕は妾の子として母の元で育てられたので、兄とはあまり面識がないんです」
妾っていつの時代ですか。ちょっと時代錯誤な単語が出てきて、俺は唖然として高吉と顔を見合せた。
よく聞いてみると、梅沢家はずいぶんと無理を通してきた家なのだとわかった。
梅沢代議士の一人娘遥子が大学生の頃、サークルの先輩であった彼らの父親安堂悟に一方的に惚れ込んだらしい。サークルのコンパで酔っぱらった悟をお持ち帰りして無理矢理既成事実を作り、できたのが息子の遥だ。
一人娘を妊娠させた責任を取らされて悟は梅沢家に婿養子に入ることになったのだが、こんな経緯だからもちろん夫婦に愛情など芽生えるはずもなく。
悟は外に愛人を作り、彼方が産まれた。外聞のために彼方は梅沢家に戸籍上引き取られたものの、今は彼方とその母、悟の3人で梅沢家とは別に生計を立てているということだ。
だから、学園に示談交渉に来たのは母親と祖父のセットだったんだな。妙に納得。
お恥ずかしいことです、と本当に恥ずかしそうに頬を赤く染めて弟くんが謝るのに、その事情を聞けばなおのこと彼には何の責任もなくて、俺も高吉も困惑してしまうのだけど。
「荒川のかぐや姫の情報を探っていると聞いて、何かお手伝いできたらと思って橋元さんに無理を聞いていただいたんです。贖罪には不足かも知れませんが、僕がお役に立てることがあれば何でも申し付けてください」
つまり、何か手伝いたい、ということかな。
その理由は、穿った見方をするなら、妾の子として苦労させられた本家に対する復讐だろう。今まで苦労を押し付けてきた相手に報復しようとしている第三者が現れて、復讐心を託す見返りに手を貸す。分からなくもない動機だ。
敵の敵は味方にできる。他人だからこそ、そのくらいの方が分かりやすくて良い。
さて、そんな協力者に頼めることはなんだろう。
……別に無さそうな気がする。
「気持ちは嬉しいけど……」
「お前に何ができる。やつらの弱味を握れるのか? こっちの指定する時間場所に誘き出すことができるってか? それができるならお前はとっくに自分自身で反撃してるだろ。中坊が甘ぇこと言ってんじゃねぇよ」
断りの言葉を俺が最後まで言い切る前に、高吉に遮られた。厳しいことを言っているようだけど、その通りだ。反論できないようで、弟くんも悔しそうに俯いている。
かわりに、口を挟んだのは橋元さんだった。
「荒川のかぐや姫なら、昨日見たぞ。拘束されてねぇんじゃねぇか?」
「あ? どこでだよ」
「銀座。年齢不詳のババアの荷物持ちだったな。あのピンク頭は間違いようがねぇ」
年齢不詳の女性と銀座で買い物ということならば、母親だろう。一応監視つきながら、公的機関での拘束はされていないということである。
その情報に身の危険を感じてしまって、俺は高吉にしがみつく。一度あったことが二度ないと言い切れない。警察に捕まろうと鑑別所に入れられようと、悪いことをしている自覚のない梅沢に更正の余地はないんだ。
あの無邪気全開な笑顔が俺にはすでに恐怖の対象として焼き付いてしまっていた。我ながら大変不本意なのだけど。
そんな俺の反応を見ていたせいなのか、橋元さんが少し背の低い俺に合わせて屈んで、目線を合わせてくる。
「なぁ。もし良かったら、かぐや姫の制裁は俺たちに任せてくれねぇか? あのわがまま姫には煮え湯を呑まされてる連中が腐るほどいる。俺らも含めて、な。きつーくお灸を据えてやるよ」
「ぼ、僕も、父に頼んで正妻様やお祖父様を呼び出すことならできます。必要なら遠慮なくおっしゃってください!」
橋元さんが俺たちの相手をしてくれている間に自分のできることを考えていたようで、弟くんまでそんなことを言い出す。
俺はすがりついたままだった高吉を見上げて、高吉は俺を見下ろしつつうーんと唸った。
「梅沢弟。連絡先寄越せ」
「はいっ!」
おや。申し出を受け入れることにしたようだ。まぁ、使うかどうかは菫さんたちとも相談がいるし、使える駒は多い方が良いから、否やはないよ、俺も。
それと、と高吉が改まって橋元さんに向き直った。
「橋元。頼んで良いか?」
「あぁ、任せとけ。証拠写真もたっぷり撮っといてやるから楽しみにしてな」
にやり、と笑う橋元さんは、さすが現役ヘッドというべきか、なかなかの凶悪面でちょっと怖かった。
こんな人とツートップ張ってたんだよね、高吉。今更改めてびっくりだよ。
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