31 / 42
第30話
事態が急展開したのは、その2週間後のこと。
やりすぎないたずらの件は両親に話して、俺の気持ちの問題は気にせずに両親の思うように解決してくれれば良いから、と下駄を預けておいたので、状況がわからないかわりに俺の身の回りは静かだった。
実際のところ、慰謝料がどうたらいう金銭的な問題には興味がない。
自分で稼いでいるせいか、鷲尾の血筋なのか、実損益のない件に金銭の授受が発生したところで自分で努力した収入ではないからあぶく銭感覚なんだ。俺の実損益なんて入院治療費くらいだったし、その分の補償は裁判沙汰になったおかげで保証されたようなものだ。
そんなわけで学園祭の準備に追われながらも高校生ライフをエンジョイしていたもんだから、そのニュースは寝耳に水だった。
会社の方は急ぎ仕事もなくて日々の収支確認と再来年の新卒採用準備の相談くらいしかしていない。教員寮に籠るほどのものでもなくて、最近は学生寮で寝起きしている。
その学生寮のリビングでテレビを付けっぱなしにして仕事に励んでいるときに、そのニュースは飛び込んできた。
『次のニュースです。警察庁は今日、民々党政調会長梅沢栄一氏に対し、恐喝、収賄、強制猥褻の容疑で緊急逮捕したことを明らかにしました。梅沢氏は身に覚えのないことなどと容疑を否認していますが、多数の証言や物証を元に警察で事実関係の確認および余罪の追求に全力をあげています』
このタイミングで梅沢祖父の緊急逮捕だ。
しかも罪状が申告か密告、調査により発覚するものばかり。つまり、ネタを握っていた人物がこのタイミングで暴露に至ったのは確実で、そこに俺の件が無関係とは思いにくかった。
夕方のワイドショー番組程度では詳細が分からないためインターネットに当たってみる。
午後のトップニュースのようで報道各社が大きく取り上げていたのだけれど、ある新聞社が独占取材として大きく特集を組んでいた。
記事の出本は「梅沢代議士強制収賄被害者の会」という謎な組織からの密告。これが警察が動いた切っ掛けであるらしい。
被害者の会を構成しているのは梅沢議員の後援会にも名を連ねているから、信憑性がなくもない。多業種に渡って中堅企業ばかりで、後援会でも大企業に当たる企業の名はない。
記事を読むと、後援会でも顔役になっている大企業との取引を担保するかわりに賄賂を要求されたという恐喝および収賄に、その際の接待で女性社員の提供を強要されたという強制猥褻が事細かに暴露されていた。
多数被害者の証言があるとはいえ、その場では泣き寝入りしたはずの被害を今更持ち出すのは裏があるはずで、それも記事には詳細に明かされている。
曰く、梅沢氏を通じて取引していた相手企業が梅沢氏を切り捨てることを決めて、梅沢氏のコネを通じていた取引は今後も通常ルートで続けることを提示してきたらしい。いつかいなくなる高齢議員よりも恒常的な利益を優先したわけだ。多業種に渡っているおかげで取引大企業側も複数あったが、被害者の会の尽力もあってどの企業も同じ回答を得た、という。
これ、黒幕がいるよね、多分。彼らの努力が実ったと言えなくはないけれど、少し不自然ではあった。
対象になった企業の名は伏せられていて不明だから、それ以上の事実はここでは分からないけど。
多業種大企業、ねぇ。
ここに俺の存在を無理矢理くっつけて妄想してみれば、ひとつ思い当たる節がなくもない。
いや、だからね。鷲尾家は普段は横の連携皆無でそれぞれが独自に企業経営に励んでいるお家柄ではあるんだけど、親戚仲はすこぶる良好でしかも皆さんノリが良いんだよ。
そう。怪しいのはうちの親戚筋だ。
そりゃ両親に丸投げ状態ではあるけれど、怪しいことはさっさと裏を取りたいのは多分性分だ。
「もしもし、父さん?」
普段は業務時間内の電話なんて遠慮している俺だからこそ、こんな時間に事前確認メールもなく電話をかけたら父はすぐに応答してくれた。
多少慌てた様子なのが電話越しに分かって、内容に緊急性がないだけに申し訳ない感がなくもない。
『きーくん。何かあった?』
「何にもないです、安心してください。今少し良いですか?」
『いいけど、きーくん。いつになったら敬語やめてくれるのかな?』
「直りません。諦めてください」
いや、苦手意識があるとかそういうわけではないんだけど。
小学生の頃、半年ほど両親共に仕事で忙しくてなかなか帰宅できなかったことがあって、その半年が学校でも友達付き合いがうまくいかなかった時期に重なって、失語症に陥ったっていう経験がある。
それまでは親戚一同と同じくこの学園に通っていたのだけれど、失語症のおかげで遠距離通学は無理だと判断されて公立学校に転校したんだ。
治ったのは中学生くらいだったか。いじめられっ子で大人しい文学少年で、自分から型に填まるように文芸部に入って。
そこで女子生徒たちの間で流行っていたのがBL。俺の腐男子化の切っ掛けだ。そこで女子連中の会話に少しずつ交じっていくうちに、『会話』を思い出して今に至る。
そんな経緯があってか、未だに家族との会話が苦手だった。他人だったり親しい友人だったり恋人だったりの相手なら楽々話せるんだけど。家族って俺の中ではなんだか特殊な関係なんだよな。両親も親戚も。
あ、鉄良さんは別。歳が近いのと俺が失語症に陥っていた頃学生だったおかげで時間に余裕があったので、色々気にかけてくれた歳上の友達感覚だ。妹は歳が離れ過ぎててここでは論外。今小学生のおしゃまさんだ。
まぁ、それは今はどうでも良い。
「今ニュースを見たんですが」
『梅沢翁緊急逮捕?』
「やっぱり何かしたんですね?」
『主に日野の大叔父様が大激怒でね。強制収賄被害者見返りにされたっていう取引先大企業がうちの親族企業の取引先っていうのが5社あって、取引継続を担保にして加担させたという流れだね。他にも2社あったけど、そこはまぁ、人脈の為せる業? 改めて鷲尾一族の底力を実感させられちゃったよ、あははは』
あははって……
「大丈夫、なんですか?」
『鷲尾本家と日野のが采配してる。下手を踏むわけがないよ。大船に乗っているつもりでいなさい』
家族親族に対する強い信頼の滲み出た言葉だ。はい、と頷いて答えれば素直を誉められた。
『おっと。そろそろ会食に出る時間だ。裁判の方は随時連絡入れるね。じゃあ、お休み』
「はい、お休みなさい」
電話が切れて時計を見上げればすでに20時を過ぎていた。こんな時間から会食ってことはお食事よりお酒メインだろう。
父さん、貴方の健康が心配です。
ともだちにシェアしよう!