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第31話
10月半ばまで引きずった残暑もどこへやら、朝晩は冷え込むようになってきた11月。
ハッピーマンデー導入で日付が変動するようになっても適用外になった文化の日に合わせて、待ちに待った学園祭が開催される。
2日間の日程で、1日目が校内向け、休日である2日目が一般解放日だ。
うちのクラスのダンスホールは、珍しい企画だけに注目度だけは高くて、そこそこの客入りだった。
俺の仕事はドレスアップして校内を練り歩く宣伝要員。女装キャラの定着ぶりはもう諦めた。
看板を担いだカナっちにエスコートされて校内を巡る俺たちの格好は体育祭時の衣装を流用している。
新しく作らなくても主旨にピッタリのものがあるんだから使えば良い。金持ち校の学生にしては適度にリサイクル精神を併せ持ったクラスメイトたちだ。
一般解放日には高吉とうちの家族が連れだって来てくれた。ちょうど宣伝に出ていたところに訪ねてきたおかげで、女装姿もバッチリ目撃されてしまったが。
「きゃ~! にいさまキレイ~!」
ダンスホールはただいまチークタイム。
ゆったりした音楽をBGMに教室内に休憩用に設置された椅子に座って待っていた両親の元から、父の膝にちょこんと座っていた着物姿の妹が飛び降りて俺のドレスにパフッと体当たりする。
これが妹の凰花 。小学校の1年生だ。
両親に近付くと、続いて母がうっとりと頬に手を当てた。
「やだわぁ。こんなに美人さんだったかしら」
「化粧映えするだけですよ、母さん」
やだわぁって何ですかねそれは。
呆れて返せばさらにしげしげと観察されてしまう。
続いて父の反応を伺えば、何故か父は隣に立つ高吉を見上げた。
「どうだね、高吉くんの感想は」
「織姫4位の謎が解けました」
「4位とはなかなかの健闘じゃないか。何でそんな大事なことを父さんに知らせてくれないんだい、きーくん。水臭いじゃないか」
「彦星1位の過去がある人には教えたくないです」
あっさりばっさり切り捨てる。その過去の栄光は母に知らせていなかったようで、俺が暴露した途端に母が拗ねた様子で父を責める。俺のドレスに貼りついたままだった妹がキョトンと両親を見つめていた。
その妹を抱き上げて、俺もそばの空いた椅子に座る。と、高吉が父の隣から俺の隣に移動してきた。
「それにしても、おうちゃん」
「なぁに?」
「おめかししてどこかへお出かけ?」
高校の学園祭程度にする程度を越えた晴れ着姿は、これから行くのか行ってきたのか、何か別の目的があるように見えるのだけれど。
問いかければ、凰花は満面の笑顔で大きく頷いた。
「しちごさんっ!」
「……少し時期早くない?」
「はやいの?」
確か、11月の半ばくらいだったと思ったけど。確認するように高吉を見上げれば、肩をすくめて返された。
「今日しか揃って休めなかったんだとよ。まぁ、神社さんは11月になったくらいから受け付けてるからな。良いんじゃねぇの?」
だとよ、ってことは、高吉も気になって聞いたのだろう。
聞いた割りにはあまり関心もなくて、適当に相槌を打つ。高吉も気にしていない様子だ。
かわりに、反対に高吉の方から話しかけてくる。
「そろそろ受験勉強に専念しようと思ってな。バイト辞めた」
「そうなんだ。勉強は順調?」
「専門なら行けると思うがな。親父がよ、折角頑張る気になったなら大学目指せ、ってさ」
それで今から本腰、ってことは、大学を目指す気になったのだろう。高吉のように技術職を目指すなら学ぶ学問は学べるだけ高度な方が良い。俺も賛成だ。
「鷲尾家の入り婿として恥ずかしくないように、っていわれちゃあな」
「へ? それが理由?」
「それ『も』理由だ。まぁ、より高度な技術学ぶなら大学だろ、ってのがもちろん一番だが」
「気にしなくて良いのに。俺なんて高卒決定だよ?」
「学位くらいは取っといた方が良いんじゃねぇ? 時間がねぇってんなら放送大学とかさ」
「あ~。その手もあったね」
やっぱり学位はいるのかなぁ?
必要性を感じないけど、ないよりあった方が良いことは確かだ。
経営に本腰入れるつもりだったんだけど。
「まぁ、卒業までまだ1年あるんだ。ゆっくり考えろ」
「受験勉強時間を考えたらそろそろ決めないとだけど?」
「どうせ六大学行ける学力はねぇんだろ? なら二流も三流も変わりゃしねぇ。行けるところに行きゃあ良いんだ。気楽に考えろよ」
「それもそうだねぇ」
一流に行ける学力はないと断言されても事実だけに腹も立たない。むしろその通りだと肯定して苦笑を返す。
まぁ、焦ることもないよね。
「おうちゃん。踊ろうか」
何故かチークタイムの後は演目が変わって盆踊り。炭鉱節の曲がかかり浴衣姿の日本舞踊の先生を親にもつ生徒が真ん中で手本に踊っている。凰花も着物姿で姿はバッチリだ。
「にいさま、いっしょ?」
「あぁ。一緒に踊ろう」
俺の格好は足まで隠れるドレス姿で違和感途方もないけどな。年の離れた妹にねだられて嫌と言える兄がいるなら見てみたいもんだ。
行ってこい、と手を振って送り出す高吉に手を振り返して、小さな手を取り踊りの輪の中に入り込む。真ん中のお兄ちゃんの真似をするようにと教えて少しずつ手取り足取り教えながら。
ふと両親と彼氏がいる方を振り返れば、痴話喧嘩していたのも忘れて笑う母とカメラを構える父、それにいつの間に現れたのか理事長である叔父の鉄良さんと話をする高吉の姿。
何だかほっとする光景だ。
「おうちゃん。楽しい?」
「うんっ」
覚束ない仕草で周りを真似して踊る妹の満面の笑顔に、心癒される一時だった。
これは余談だけれど。
係争中だった慰謝料請求裁判は梅沢祖父の逮捕による失脚でこれ以上の不祥事は避けたい梅沢側の事情により、こちらの言い値で示談が成立。梅沢が俺に接触しないことを約束する誓約書を受け取って万事解決となった。
梅沢遥のその後については興味もないし知るよしもない。
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