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番外編「王道何ソレ美味しいの!?」

「そういや、この学校……」  いつものように学食で定食を前にしたカナっちと向かい合って弁当の蓋を空けながら、俺は思い付いたことを呟いた。  脈絡が何もなかったので、カナっちもその隣にいた吉川も俺を見返している。 「何?」 「いやぁ、いないよなぁと思って」  王道学園のくせに。 「いないって?」 「何が?」 「チワワ」 「「……は?」」     ※  事件も収束して久しく、学園生活とほどほどの学力維持のための勉強に企業経営という追加作業――こちらが本業という噂もちらほら――で忙しく暮らしている師走のある日のこと。  ふいに思い付いたんだから仕方ないのだが、吉川とカナっちに「何で学校に犬!?」「しかもあからさまに室内犬!?」「寮内はペット不可だよ!?」などなどと健全過ぎる内容でつっこまれてしまった。  王道学園とかいいつつ、王道学園設定って全く現実に則してないよなぁ、と実感するわけだ。  環境的理由から同性愛者が多いのは合ってるし、男だらけの悪ノリなのだろう、生徒会は人気投票だし、その辺はBL的王道学園そのままだ。  けど、そもそも全員が男なんだから、女子を放り込んで男らしい宝塚キャラを作るのは可能でも、男の子が女子化することはまずない。それで当たり前だ。  腐女子友達は声を揃えて「つまんな~い」と総ブーイングしてくれたが、現実はこんなもんだって。  そもそも、スポーツ万能才色兼備がモテるのは自然な流れではあるが、やっぱりイケメンタイプよりも男らしいガタイの男くさい系の人の方が人気があるのだ。男が考える理想像ってヤツだな。  嘉人さんは生来のカリスマ性があるから完全に例外。恋愛感情的な意味でモテるのは生徒会では改選で退任した磐城先輩くらいで、あとは学力と事務能力と目の保養で選ばれている。  人気投票といいつつ、生徒会役員選挙なのだという認識が有権者の中にちゃんとあった証拠だろう。本当に人気の高いメンバーは大抵どこかのスポーツ系部活動で部長かエースになってるから、生徒会なんてやってられないんだ。  で、そういう理由で生徒会やっている面々なので、ファンがより集まってのファンクラブ的なものはあっても集団行動には至らず、親衛隊も実はないらしい。ないよそんなもの、とあっさり嘉人さんに否定された時は唖然としたものだ。  で、冒頭に戻るんだが。 「王道学園?」 「ってか、キリってオタクだったのか」 「オタクじゃないよ!」 「似たようなもんだろ」  チワワの何たるかを説明したら、二人から生温い視線と共にそんなお言葉が返ってきた。  くそぅ。滑った口が恨めしい。 「大体、そんなねちっこい野郎は大勢もいないだろ。女じゃあるまいし」 「多少粘着質なヤツはいるだろうけど、ああいうのは徒党を組まないと何もできないからな」 「良くも悪くもお坊っちゃま学校だよ、うちは」  なぁ、と幼稚部からの学園生だという二人が声を揃える。  まぁ、学園理念から道徳教育には特に力を入れている学園だからさもありなん。  おかげでこのクラスが学年最下位なのに不良生徒は一人もいない。もちろん王道な天才肌の不良っ子もいない。むしろ、一番ヤンキーに近いのは俺かもしれないくらい。  いやいや、彼氏がそうなだけで俺は真面目ちゃんだからね。 「で? その王道学園ってチワワ以外にどういう王道キャラがいるものなんだ?」  興味を持ったというよりは、完全に面白がっている。  授業と食事中くらいしか学園に関わっていられない分、俺は見た目通り世情に疎い。なので、学園に該当者がいるのかどうかは他の学年までは知らないのだけど。  聞いてみれば良いのか。 「性に奔放なチャラ男くんとか」 「齋藤?」 「あいつはチャラチャラしてるけど倫理観はジジイ並みに堅いだろ」 「じゃあ、溝口」 「1年の? あれ、ネコじゃなかった?」  一人ずつ検証していくらしい。  しっかし、この学園もキャラ濃いな。 「どっちがどっちか全く分からない以心伝心系双子」 「うち今双子いないぞ」 「近いところで先代生徒会の書記コンビくらいか」 「あれは単純にキャラ被ってるだけだって」 「平常女神顔の腹黒副会長は?」 「むしろサクサクだろ、それ」 「断言!?」 「そっか……」 「鷲尾まで認めるのかよ!」 「じゃあ、無口すぎてなに考えてるか分からない宇宙人キャラとか」 「ん~? 磐城先輩くらいだなぁ」 「いやいや、あの人は癒し系くまさんキャラでしょ」 「……癒される?」 「あ~。何となく分かる。サクサクと一緒にいると顕著だよな」 「むしろ嘉人さんのガーディアン的な」 「うんうん」  よく知らないらしい吉川は首を傾げて、嘉人さんの元ルームメイトなカナっちは全面的に同意してくれた。  うん。磐城先輩はくまさんキャラだと常々思ってたんだ。 「後は?」 「ん~。ホスト系教師もチビッ子好きガテン系寮監もうちはいないしなぁ。学外でも有名なチーマーのヘッドとか?」 「むしろキリの旦那だろ、それ」 「うちの旦那は足洗い済みです!」 「旦那呼ばわりは否定しないのな」 「だってぇ。ホントに旦那様だも~ん」 「だもん、ってな……」  とうとう吉川脱力状態になった。  てか、ツッコミ役確定ですか。 「で? キリも何か当てはまるのか?」  色々王道があるらしいと認識したらその質問は自然な流れなのか。カナっちが俺自身に話題を振ってくる。  とりあえず、アレは嫌だなぁ。 「へ、平凡脇役主人公? 主人公自称とかいゃ……」 「鷲尾くんは正しく王道転校生だって!」 「ぉわっ!!」  いきなり背後からツッコミが入って仰け反った。後ろの席で食事中だったらしく箸を持ったまま俺の隣に顔を出すのは、見知らない生徒だ。  キラキラと目を輝かせて彼は更に続ける。 「さっきから配役が的確過ぎて笑いが止まんないんだよどうしてくれるんだ。飯が冷めるじゃないか」 「……ど、どちら様?」  完全に言い掛かりなのに正当な抗議のように力説する見知らぬ男子に、俺もさすがにたじたじで。  正面の二人は知っているようだけど。 「おう、初対面だな、悪い。2年A組所属通文部員の外野上(とのかみ)高次。トノで良いぞよ」 「……つうぶん?」 「通俗文芸研究会、略して通文だ。展示会、来てたんだろ? ラノベすげぇ勢いで読破してたってうちの部では有名だぜ。あそこに並べてた色モノは大体俺の」 「マジで!?」  あの、俺の蔵書と駄々カブりのアレの持ち主か。偶然って怖いな。 「しかしまさか鷲尾くんが腐男子だったとは。思わぬ仲間だ。展示会の時はそっちは見向きもしなかったって聞いたぞ。あのKYにBL貶されても無反応だったらしいじゃないか」 「あのバカに諭しても言うだけ無駄だから聞き流してただけだ。それに、ラノベは未読だったから調度良い機会だったんだよ」 「むしろBL一本だったのか? それはそれで珍しい」 「いや、別にGLも読むよ。恋愛モノ好きなだけだ」  さらっと暴露すればさらにナカーマと喜ばれた。  さて、正体が判明したところでしっかり抗議しなくては。 「王道転校生は断固拒否!」 「何言いやがる。時期外れに転校してきた隠れ美人で理事長の甥っ子が王道転校生でなくて何なんだよ」 「あんなKYじゃない~」 「良いじゃねぇか。どうせうちの学園が王道なのは設定だけなんだから」  むぅ。悔しい。言い返せない。  その場で勧誘された俺はラノベ読み放題の勧誘文句にまんまと釣られて腐男子仲間を大量ゲットと相成った。仕事が暇なときだけ遊びに行く幽霊部員として。  初参加日の開口一発目に口を揃えて「王道転校生いらっしゃい」なんてからかわれたことはいつまでも根に持ってやる。  王道なんてくそくらえ!

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