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番外編「ダーリンハニー」
え?
うちの旦那様との馴れ初めが知りたいって?
いやいや、完全に惚気になるんだけど良いの?
そもそも、俺が会社の経営なんてやっている経緯について先に話そうか。
物語にもなりゃしない簡単な話なんだ。
小学生の社会科教育の一環で株取引をやってみようっていう授業があってね。
大人になって冷静に考えてみたらなんともおそろしい話だと思うんだけど、まぁ、お金持ちの集まる私立の学校だし親から教育費用として一律の出費があってのものだからのめりこむ余地もないっていう授業の範囲としては安全策を取られたものではあったんだ。
その後、自分の小遣いをせっせと貯めて株取引を続けていた俺は中2にして1千万単位の金額を転がすまでになっていた。そこがビックリでしょ。当たりまくったっていうか下手な鉄砲も数撃てば当たるし精度も上がるっていうか。
ターゲットにしていたのは東証2部上場の中小企業。公開株相手に少額売買でちょこちょこ損益繰り返して少しずつ利益を上げていった際に、出会ったのが今経営に参画している会社なんだ。
正常に読めば「アクエリアス」なのに「アクアリウス」っていう読み方をさせる社名の洒落っ気が中学生の妄想癖世代にはツボだったわけ。
で、会社の沿革とか業績とか調べていくうちに、社内事業のうちに不採算事業があるおかげで収支状況が良くないという現状を知った。それに、偶然にもネットで知り合った腐女子友達の友達にそこのクリエイター社員がいて、それで内情も知ることになった。
そのクリエイター社員というのが今も経営上でお世話になっている菫さん。本人は腐った趣味はないらしいけれどそれを否定する気もないそうで、仲介になった友達ともいまでもお互い仲が良い。
ちなみに、腐女子友達なその女性とはコミケとかイベントとかに一緒に行く仲だ。弟みたいに仲良くしてくれる。
失礼、話が逸れたね。
会社の話に戻すけど。
不採算路線っていうのがメインになっているイベント企画事業とは畑の全く異なる飲食業なんだけど、イベント会社のくせに自社事業は方向性が中途半端で出店場所も良くなくて失敗してしまっている事業だった。
これをなんとか盛り上げようと頑張っているのはまぁ、努力は買いたいと思うんだけど正直ダメダメでさ。本体事業は魅力的な企業だったから足引っ張ってるのが勿体無くて。しゃしゃり出ることにした。
どうやったか? 株に決まってます。
今まであちこちに分散していた株を全て売却してここにつぎ込んだ。ついでに親から少し借金もして。
で、筆頭株主になって買収したってわけです。もちろん、ちゃんと手続して当時の経営陣ともしっかり話し合いをして。
今社長をしているのはこの会社の起業者で、当時も社長だった人。経営陣もほとんど変更なし。
で、口を出すために新しく用意されたポストが名誉顧問っていう肩書というわけです。
結局、話し合いの結果不採算になっていた事業を別会社として独立させて切り離し、本体事業もクリエイターと営業の分業化を進めて会社を立て直した。
のが、高1の時の株主総会の決定だった。ご存知の通り、うちの株主総会は6月末。その決定に不満を持った切り捨てられた事業の経営陣に恨まれる結果となったわけで。
もちろん、そちらを立て直す方策も1年かけて検討を重ねたんだけどね。折り合いが付けられなかったんだよ。
これが、うちの旦那様との出会いにつながる背景だ。
経営に参画するようになってから、長期休暇の平日は職場に出るようにしている。といっても宿題もあるからそのへん片付けてから出社するのでおのずと重役出勤になるわけだけど。
で、その通勤経路でその事件は起こった。
時刻は朝の10時過ぎ。俺は駅に向かって歩いていて、高吉は補習のため学校に向かってバイクに乗っていた。
横につけてきた車が突然ドアを開けて、やり過ごすために道の端に寄った俺に手を伸ばしてきたわけで。
誰が見ても誘拐現場だよね。通りかかった高吉がバイクごとその狭い隙間に突っ込んできて、俺とその手の間に割り込んだんだ。びっくりして固まった俺から、見て判断できたのは誘拐犯の顔くらい。
驚いたのは誘拐犯も同じだったようで、車はそのまま逃げていった。
「大丈夫か?」
ヘルメットを脱ぎながら声をかけてきたそれが、高吉の声を聞いた最初だった。金色の髪に穴だらけの耳、開いた襟元からもいくつも掛けたチェーンのネックレスが見えていた。
たぶん、一目惚れだった。
これが吊り橋効果なんだろうと理解したのは数日経ってからで、それでも恋心は褪めなかったから切っ掛けでしかないんだろうけど。
だからこそその後要求された無茶な謝礼も、その後も続いたつきまといにも、渋々とはいえ応じられたのだろうと思う。
1度目はともかくその後も俺の高校や自宅に押しかけてきて拉致っていった高吉も、その時は自覚がなかったそうだけど一目惚れに近かったんだろうって後で自己評価してたし。
その後、週に1、2度の頻度でほぼ暴行な性交渉を繰り返して夏休みが終わってしばらく過ぎて。
秋のお彼岸頃に珍しく事前に約束して美術館にデートに行った。
その頃には、迎えに来るのこそ無理矢理だったけど何だか気遣われてる?って思える扱いが増えていて、俺も迎えに来てくれるのを少し楽しみにしていたりして、それなりの雰囲気は出てたんだと思う。
ちゃんと時間を合わせて待ち合わせをして、料金割り勘で美術館をゆっくり観賞して。人にぶつかりそうになった俺を肩を抱き寄せて避けさせてくれたり。先に立って行ってしまう割りに、姿が見えなくなる前に立ち止まって待っていてくれたり。
少し広い庭園を公開している美術館で、その庭園に休憩がてら散歩に誘われた。日差しを遮った藤棚に繋がった四阿の椅子に並んで腰を下ろし、のんびりした気持ちで景色を眺めていたんだ。
彼に深々と頭を下げられたのは、そんなタイミングだった。
「今まで無理矢理振り回してすまなかった。俺が言って許されることではないと自覚しているが、これだけ言わせて欲しい。お前が好きだ」
ホント、カッコイイ人だと思う。
自分の非を認めて謝って、その上で気持ちを告げられるなんて、スゴい度胸だと思う。だからこそ、見惚れちゃってね。反応できなかったんだよね。
それで、脈がないと思われたのかな、少し肩を落とした高吉が初めて俺に苦笑した顔を見せてくれた。
「マジ、勝手だよな。悪かった。もう付きまとわねぇから安心しとけ……」
「えっ!? やだ!」
いやぁ、今から思えば「やだ」ってお前な、ってつっこむところだよね。
で、実際に高吉からもそうつっこまれたんだけど。
そこからはトントン拍子だった。
好きだってたくさん言い合って、他人行儀でイヤだって言って名前呼びすることをお互いに要求し、お互いの趣味とか特技とか、仕事の事とか学校の事とか、とりとめもなく自己紹介し合って。
腐男子だってことも早々にバラした。失語症だったことは既往症として話しておかなくちゃいけないことだったから、治った切っ掛けを秘密にできなくて。
読書好きでジャンル無視で読み漁る高吉にとっては知らないジャンルではなかったのも、バラしやすかった理由かもしれない。自分達が同性だから禁忌観も薄いしね。
その、ジャンル無視の読み散らかし具合にびっくりしたのはむしろ俺の方だった。だって、枕草子をせっかく現代語訳が併記してあるのに原文だけ読んで爆笑する人なんだから。
海外文学は児童書で苦手意識が出来たらしくて未だに苦手なんだそうだけど。
「ちなみに、その児童書って何?」
「指輪物語」
「……源氏物語よりよっぽど読みやすくない?」
「あの話進まない感がダメだ、俺には。外国語独特の言い回しとかもどうも受け付けなくてなぁ。それに、日本語訳されてるヤツは作者の思惑とか思想が見辛くなってる分先読みの楽しみが減っててイライラすんだよ」
「俺には古語も外国語並みなんだけど」
「いやいや、それは普通に勉強としてしか読まねぇからだろ。結局日本語だぞ。語感の雰囲気は変わらねぇよ。意味が変遷してる言葉なんかが多少ある程度だ。徒然草なんかだと鎌倉時代の男が書いたもんだけに読みやすいぞ。バカ話も多いしな」
「徒然草……つれづれなるままに、ってヤツだよね?」
「そう。徒然なるままに、日暮らし硯にむかいて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。すげぇ謙遜した序文だが、当時の帝王学の教科書として書かれたって言われてる。まぁ、道徳と教訓を事例に合わせて記述したもんだな」
って、こういうようなことをつらつらと言ってのけるわけだ。
理系ってマジか?と思わなくもない。
親公認になったのはクリスマスの頃だった。
丁度2学期の期末試験があって少し会わない日が続いたのも悪かったのかと思う。期末試験に社内トラブルが重なって俺的てんやわんやだったんだ。
元々試験勉強は一夜漬け派だったんだけど、その直前でも社内会議や対外折衝の同席に資料作成なんかで夜遅く朝早い状態が続いて。試験中でも終息は程遠く、寝不足が続いたまま。
で、学校主催の全員出席義務が付いたクリスマスパーティが開かれた。社交界には縁のない公立高校だからこそ、授業時間を使った社会教育の一環で単位時間に換算されるものだったんだ。
周りはみんな試験後の開放感にクリスマスの弾けた雰囲気で大盛り上がりだったんだけど、正直俺には限界だったらしい。全校参加のビンゴゲームで場内大騒ぎの最中、貧血で倒れた。
当然家族に連絡が入ったんだけど、真っ先に駆けつけてくれたのが高吉だった。
高吉とは高校が違うんだけど、同じ高校にチームのメンバーが何人かいて、気にかけるように指示をしておいてくれたらしいんだ。そこから連絡が回ったそうで。
当時、高吉との交際が家族にバレて反対されていたんだけどね。
両親が駆けつけた時には高吉がすでに状況把握に動いた後で、すでに目は覚ましていた俺を寝かしつけて会社関係の連絡も俺に聞きながら代理でやってくれて。
本人もバイトがクリスマス商戦の真っ只中で忙しかったはずなのに。
その俺に対する甲斐甲斐しさと率先して連絡作業なんかを引き受けてくれる積極性に、目上の人間に対応する丁寧ながら毅然とした態度を見て、両親も高吉を認めてくれた、という経緯だった。
ちなみに、終息したのは2月に入ってから。会社的にも結構な危機だったんだよね。
今では読者のみなさんも知っての通り、養子縁組まで済ませた事実上の旦那様だ。ついでに、溺愛ぶりも日々進化し続けていたりする。
希望進路は機械工学関係で、バイクの製造に携わりたいらしいんだけど。最近なんだか興味の向き先が変わっている様子。
たまに用事のついでに実家に泊まりに行くと、なぜか俺を放って父と高吉が仕事の話で盛り上がってるんだよね。
そういえば、うちの父が経営筆頭な企業も機械関係だ。
「もうさ、うちの会社継いじゃいなさいよ高吉くん」
ってさ。
今のところ酔っぱらいの戯れ言らしいけど。高吉も満更じゃないんじゃないかと思うんだ。
俺は継ぐ気もないんだし、良いんじゃないかな、なんて思っていたりなんかしたりして。
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