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番外編「ハニーダーリン」
あ?
麒麟との馴れ初めが知りたいだあ?
んなもん、麒麟が全部話したんじゃねぇのかよ。
……はあ、俺の口から惚け話が聞きたいってか。まぁ良いが、砂吐くぞ? 大丈夫か?
麒麟と出会ったのは、確かにアイツが誘拐されかけたのを助けた時だよ。
平凡な顔してるくせに泣きそうな表情が妙に色っぽいヤツでな。
俺ははじめから自覚してたぜ。一目惚れだよ。
とはいえ、何しろ当時の俺はつまんねぇ学校と意外と溺愛してくるヤクザな親のいる自宅と、後は族の溜まり場にしてた古いバーの跡地と3箇所を廻ってダラダラと日を食い潰してたヤンキー丸出しのバカなガキだったからな。素直じゃねぇわけよ。
惚れたからには自分のモノにしたいし大事にしたい気持ちはあった。
あったんだぜ。
でも、慣れ親しんだひねた性格が素直にその気持ちを表に出す事を許さなくてな。
辛い目にもたくさん合わせたと思う。今ではマジで反省してる。
だが、これだけは言わせてくれ。アイツには怪我ひとつさせてねぇ。無理矢理抱いたのは否定しないが、苦しめるつもりも痛い目を見せるつもりもなかったからな。
少しずつ俺が優しくなった、なんて麒麟は言うが、優しくなったってよりは優しくする術を模索した結果が出ただけだと思う。
美術館デートは俺にとっては過去の自分を捨てるための一大イベントだった。意地を張ってきた自分自身をキレイさっぱり捨て去らなきゃアイツに頭を下げることすら出来なかった。
捨てちまえばなんてことはない不要なプライドだったんだと思えるがな。当時の俺にしちゃ清水の舞台並みだったんだよ。
これで終わりだ、なんてカッコつけたままの悲壮感漂う決意の只中にいた俺を引き留めた麒麟に、今でも強い感謝の念を抱いている。
何しろ惚れた相手を痛め付けてきた自覚があったんだ。許されるなんて自惚れられるわけがないだろ。
とにかく、麒麟を手放さなくて済んだ俺は、その瞬間から麒麟の精神的下僕に成り下がった。
罪悪感は捨てられるものではなく捨てる気も起こらないもので、愛しいと思う気持ちも嘘はない。だからこそ、俺の全てを麒麟のために割り振るのも自分の意思だ。
心身ともに守りたい。世の中を斜め読み出来るくせに何事にも真摯にぶつかって妥協しない麒麟だからこそ、背後はきっちり守るのは俺の役目だ。
そう、思っている。
麒麟に急ぎの仕事がない休日は、俺のバイクにタンデムで遠出することが多い。元々俺が持っていたメットと揃いのデザインで、安全のためライダースーツとプロテクターは必ず着けさせて。
遠出と言っても下道で行ける範囲に限るのも、高速での事故が軽いものでも被害甚大だという警戒からだ。
行き先はなかなか渋い。とりあえず、俺らのような若いヤツはほぼいないような場所だ。
俺も麒麟も読書好きだろ。俺は古典文学の方が好きだし、麒麟はBLってよりMLが好みでしかも歴史物好き。趣味似てんだよ。当然行き先もそういう場所だ。
関東も意外と史跡のある土地が点在してる。バイクってのは小回りが利くのとある程度渋滞をぶっちぎれるのが利点で、都内の史跡でも悠々巡れるんだ。車や公共交通機関じゃ行きにくい場所でも楽に行ける。
神社や寺、歴史的有名人に所縁のある土地や建物、美術館や博物館なんかもよく行く。小さい祠しかないような神社でも結構な由緒があったりして、正直飽きがこない。
それに、本屋もデートコースの一部だ。
鉄良さんが経営している鷲ヶ尾学園は自宅と自分自身以外からの宅配物の受け取りを原則禁止しているから、本のネット購入ももちろん不可。購買部で取り寄せ依頼すれば手に入るから大きな問題はないんだが、何しろ特殊な趣味の麒麟は購買部で取り寄せるわけにはいかない。
で、自分で買いに出るしかないわけだ。あらかじめ内容が分かっている連作モノの最新刊なら俺がおつかいしてやってるのも、これが理由だ。
本屋に行けばまぁ2時間は軽く身動きしないで過ぎる。2時間もあればさすがに俺も飽きて呼びに行くのが身動きする契機のようだ。そのまま放っておいたらどれだけ立ち続けるのやら。
あの激務をこなすだけあってタフだからな、アイツは。
そんな俺たちだから、周りをドン引きさせる話題で盛り上がることもしばしばで。
「でね、マチコさんが言うには椅子は浮気受けで机は俺様攻めなんだってさ。なーんかしっくりいかなくて昨日からずっと気になっててさぁ」
「とうとう無機物かよ。ってか、椅子が攻めじゃねぇのか? 下に入り込んでんだしよ」
「え、騎乗位?」
「むしろ立ちバック」
「お~。なるほど~」
……まぁ、似た者夫婦ってことだ。
何? 俺のイメージが崩れた?
どんな幻想抱いてたんだよお前ら。腐男子の彼氏やってりゃこんなもんだぜ。
所詮高校生のガキだからな。
ひとつだけ言えるのは、その高校生のガキにでも一生かけて守るべきパートナーは出来るってことだよ。
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