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番外編「生涯一度の恋語り」5

 ふたり分の洗濯物はふたりで手分けすればあっという間に片が付いた。ドライヤーで乾かしたばかりの麒麟の髪はふわふわと熱を少しはらんで膨らんでいて、手触りも良い。脱水しただけの洗濯物で湿った手のまま隣にいる麒麟の頭をくしゃくしゃ撫でたら、その手触りが気持ち良くて離せなくなったくらい。  頭を撫でたまま動かない俺を見上げて、麒麟は実に不思議そうだけどな。  それはともかく、今夜のノルマはこれで完了。あとは、のんびりベッドの上で夜の運動といきますか。  身体の大きさに比例して小さな麒麟の手を握りこんで、向かう先は当然俺の部屋。父親の体格から予想して買い与えられたセミダブルのベッドから使い古した抱き枕を蹴落として、麒麟をそこに座らせる。途端に麒麟が落とされた枕を拾って抱きしめるんだが。 「枕は蹴っちゃダメですよ。心地良い睡眠のお供なんだから、大事にしなくちゃ」  拾ったついでにモフモフと弄って形を整えだす。綿があちこち偏った歪な白クマが、少し丸みを取り戻していった。そうか、直るのか、あれ。  最初は尻尾の方を弄っていたから白クマだとわからなかったらしい麒麟が、尻尾に気付いてひっくり返して顔を発見し、可愛いと呟いてふにゃっと相好を崩すまで、一部始終を見守ってしまった。その行動をする麒麟自身が可愛いんじゃねぇのかね。  その麒麟の格好はというと、だぶだぶのTシャツにスウェットのハーフパンツという超ラフな寝間着姿だ。俺が着てもデカいんじゃないか、そのTシャツ。めくりやすそうだし文句はないがな。 「高吉さんて、時々酷くお行儀悪いですよね」 「育ちも悪いからなぁ。親から行儀作法を教育された覚えがない。良く言えば放任主義、実態は放置されて勝手に育った感じだ。箸の使い方なんかはつい最近やっと覚えて陰ながら必死で矯正したくらいだし。麒麟が教えてくれるなら助かる」 「んー。目に付いたら指摘しますが、口うるさいと思われるかも?」 「むしろガンガン注意してくれ。できる限り直す。麒麟の隣に立って恥ずかしくないくらい、ガッツリ矯正してくれ」 「良いんですか?」 「ご教授お願いします、先生」  これは割りと本気だ。麒麟が上流階級の人間であるのは疑いようがないし、ならば俺はその麒麟に愛想尽かされないように精一杯頑張るしかない。本物の人間の前に出せるレベルで礼儀正しい自分というのに憧れすらあるから、むしろ有り難い機会だ。 「最初から厳しくいきますよ?」 「望むところだ」  何か企むようににまっと笑った麒麟に、こちらも受けて立つ覚悟で笑って返す。俺のスポンジ並みの吸収力を見て驚けよ。  それはともかく。ガキの頃に両親が珍しく遊びに連れて行ってくれた遊園地で買い与えられて以来、俺のベッドの住人として居座ったソイツの手触りの良さが気に入ったようで、麒麟がずっとそれをムギュムギュしているのだが。俺のモノを気に入ったのは良いんだが、ムギュムギュするなら抱き枕じゃなくて俺にしないかね、麒麟さんや。  仕方ないので、背後に回って座り込み、膝の上に抱き上げて背中から抱きしめる。洗い立ての髪から我が家のシャンプーの匂いがする。それと混じって、麒麟の甘いような匂いもする。ちょうど良い高さにある肩に顔をうずめて、遠慮なく嗅ぎまくった。うん、いい匂い。 「ふふ、高吉さん、くすぐったい」 「イヤなら俺も構え」 「えー。イヤじゃないからもう少しこのままで」 「そうくるか」  ならば、代わりに俺が麒麟をムギュムギュするか。  だぶだぶのTシャツをまくって、運動の習慣がない分柔らかい腹の肉を摘まんでやる。座っている体勢だから摘まめるが、腹を伸ばしていれば摘まむ余地もなさそうな薄い腹だ。本人は、くすぐったいと言って身悶えているんだが、嫌がって逃げるでもない。逃げないと続けるぞ。  片手で腹を揉みながら、もう片方を上に移動させていく。どこから胸筋なのかもわからない薄い身体の表面に付いている飾りのような小さな乳首が、小さいなりに固くなっていた。  爪先で軽く弾くのに合わせて麒麟の身体もビクッと震える。声を我慢したようで、喉だけ震わせる音が聞こえる。悲鳴にも聞こえるその声は、俺にはむしろ心臓に悪い。 「声、我慢するな」 「でも、響いちゃう」 「良いじゃねぇか。麒麟の少し高い声、好きだぞ」 「あの、ほら、マンションだし、お隣とか……」 「この時間、留守だなぁ。両隣も上下斜めくらいまで、軒並み」  だから、誰も聞いている人間はいない。ペット可のマンションだから犬猫はいるかもしれんが、そこまでは知らん。 「だから遠慮しなくて良い。可愛い声、たくさん聞かせてくれ」  ちょうど良い具合に乳首も摘まんでくれと言わんばかりのサイズで主張していることだし。こっちも遠慮なく触らせてもらおう。口元に近い麒麟の肩口にキスを落とし、実は初マーキング。思ったより鮮やかに付いたな。 「……ぁぅ、おもってたよりいたい」 「っ! な、ど、どうした?」  痛い、という言葉が聞こえて、自覚していたよりも慌てた。俺がまさかどもるとは。調子に乗って触りまくっていた手と顔を離して、背中から抱いている分遠い麒麟の顔色を窺う。  その麒麟は、俺の慌てようにこそ驚いたようで、昼間よく見たキョトンとした表情をまた浮かべていた。 「……なに?」 「いや、痛いって言うから、何かしたかと」  この反応なら、その痛みは嫌なモノではなかったのだろうが。少しでも痛みを感じさせたくない俺としては、敏感にならざるを得ない。  痛い?と首を傾げた麒麟は、痛いと言ったことすら意識にないようだったが、それから少し考えて、ポンと手を叩いた。 「それ、この辺にさっき付けたでしょう? キスマーク」  この辺に、と自分の肩を指差しながら言った答えが、意外すぎた。いや、確かに付けたが。 「想像してたより痛くて、ちょっとしみじみしただけですよ。ほら、キスマークって内出血だから」 「……あぁ、確かに。やめるか」 「ん? いえ、別に平気ですよ。想像と違ったから驚いただけです。それに、俺も付けてみたいから、おあいこです」  おあいこ、ってな。いや、麒麟が俺に付けてくれるならそれは大歓迎だが。 「それに、キスマークって所有印みたいな感じで、自分が高吉さんのものなんだって主張の証みたいで、嬉しいです。できれば、服でギリギリ隠れる所にください」 「ガッツリ見えるところに付けようぜ?」 「いえいえ、そこは、ほら、表立って主張しない奥ゆかしさとか、あるじゃないですか。ね?」 「つまり、堂々と公言するな、と」 「他人の目が鬱陶しいのでやめましょう」 「ふむ、それなら納得。やめておこう」  誰とも知れない他人の視線に麒麟が煩わされるのは我慢ならん。牽制欲求より切実だ。  それに見えそうで見えないギリギリを狙うのもなかなか乙だしな。 「あれ。何か企みました?」 「ちょっとな。で、麒麟も俺に付けてくれるんだろ?」 「付けます! 付くかな? 筋肉質な肌って付き難いって聞きますよ」  どこで聞いてくるんだよ。情報源はBL本か。  抱き枕を横にどかして自分から俺を正面に向き直った麒麟が、俺の鎖骨あたりにロックオンする。じっと見つめられると捕食されそうだ。  麒麟の食糧という糧になるならそれもアリだな。  麒麟自身にもその感覚があったのか、手を合わせて、いただきます、と呟いた。美味いかな、俺。お口に合うと良いな。 「む。付かない……」  小さな柔らかい唇ではむっと食いついてはくるんだが、歯も立てないし吸い付きも弱いしで、それじゃ痕は付かないだろう。それでも一生懸命な様子に、微笑ましくもなるんだが。 「もっと強く吸い付け」 「でも、痛くない?」 「まったく。むしろ痛くするくらいで良いぞ」  気づかいを無碍にする勢いで煽ってやれば、ムッと何やら不機嫌になった麒麟に噛みつかれた。いや、そんな甘噛みじゃ歯痕も残らんわ。  しばらく俺の応援を受けながら試行錯誤していた麒麟を見ていたら、ようやくチクリときた。 「あ、やった!」 「おう、おめでとさん」 「苦節、えっと、大体10分! ようやく達成です!」  ついでに、疲れるからもうしない宣言が続いた。それはつまらん。まぁ、そのうちまた忘れた頃に挑戦させてみよう。  さて、次は俺の番だな。 「俺もここにもうひとつ付けて良いか?」  トン、と指先で叩くのは、心臓の上。麒麟も指先を見下ろして、それからふにゃっと笑った。 「ひとつと言わず、いっぱいください」 「ん。そーする」  お許しも出たし、いっぱい付けさせてもらおう。まずは予告どおり、心臓の上から。邪魔なのでTシャツは早々に剥ぎ取って。  そのままベッドに横たえさせて、白クマを抱えさせてやった。まぁ、邪魔だけどな。抱っこできるものがあれば安心するだろ。  自分で抱かせておきながらやっぱり邪魔なので横にどかして、出てきた乳首を舌先でクリクリ舐めてやる。枕に吸われてこもった声は気持ち良さそうだ。枕の下に隠れたままのもう片方には手を差し込んでそっと摘まみあげた。力加減は俺も試行錯誤だな。敏感な場所だから、ちょっと強く力を入れると痛めそうだ。  麒麟の可愛い声を白クマにばかり吸わせるのもつまらなくて、下にズラして口元から没収。 「あっ、やっ」 「や、じゃなくて。声」 「だって、恥ずかし……っ、ひゃうっ」  その恥ずかしがってるのが良いんだって。はいはいと流して知らんぷりだ。だって、恥ずかしいだけで嫌ではないんだろ。その証拠に、ハーフパンツを元気に押し上げている子がいる。  そっちにも手をやって、服の隙間から潜り込んで直接撫でてやる。まずは服の上からとか、そういう焦らしをしている余裕が俺の方にない。邪魔なものは剥がしてしまおう。  白クマだけ抱きしめてすっぽんぽんな麒麟も、それはそれで色っぽいな、これ。 「たかよしさん、は?」 「ん?」 「ふく」  あぁ、俺も脱げと。了解だ。  感じていると舌足らずになるらしい麒麟に促されて、自分の分はさっさと脱ぎ捨てた。それよりも、早く麒麟に触りたい。  その麒麟は、というと、白クマは相変わらず抱きしめたまま、どことなくうっとりした顔をしていた。なんだ、俺の身体に見惚れてでもくれたのか。さっき風呂でもじっくり見ただろ。 「スゴい、カッコいい」  って、マジでか。 「なにその肉体美。ズルい」 「インドア野郎に言われてもな。自業自得」 「どーせ肉体労働しても筋肉つかないもん。うちの家系はみんなひょろいもん。遺伝だもん」  もんもんとぶすくれているんだが、お前それ、可愛いだけだぞ。 「まぁ、良いじゃねぇか。どうせコレ、頭から足の先までお前のモンだぞ」  動かしてるのは確かに俺だがな、所有者は今日の昼から麒麟に変わってる。自分の身体か所有物の身体か、違いはそれくらいだ。大体、筋肉なんてモンは必要な時に適切に使えれば、それ以上は不要なんだよ。付属品で良いじゃねぇか。  俺の言いようから意味が察せなかったらしい麒麟がまたキョトンとしていたが、どうやらやっと意味が伝わったらしい。今度は唖然としている。 「え、いや、あの。え? 俺のもの?」 「おう、お前のモンだ。お前だって、俺のモンだろ?」 「うん、それは、うん、そう。うん。……えーと、うわぁ、えぇ? そういうこと?」  おい、こら。麒麟が俺のモノなのは即答のくせに、何故逆転するだけでそんなに困惑になるんだ。 「なんだよ。お前はくれるくせに、俺は受け取ってくれねぇの?」  むしろ、逆でも良いのに。麒麟が俺のモノでなくても、俺は麒麟のモノだ。俺にできることなら何でも叶えてやりたい。俺がしてしまったことの罪滅ぼしという以上に、自分を捧げたい欲求が湧いてくるくらいに心底惚れてるからな。  だから、少し拗ねてみせてみる。と、他人の顔色は窺い癖がついているらしい麒麟だから、弾かれたように顔をあげ、ブンブンと首を振った。 「違うの。欲しい。高吉さん、全部」 「おう。全部お前のモンだ。重いぞ?」 「大丈夫!」  よし、良い子だ。ご褒美はすでに贈呈済みだけどな。 「返品不可だからな」 「俺だって! ナマモノだからね!」  ナマモノか。そいつは確かに、返品不可だな。腐んねぇうちに食っちまおう。

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