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第8話 <第2章>
あの特別な夜を反芻してたら、征治さんの色気のある表情を思い出し、ぽわぽわとへんな気分になってきちゃったので、慌ててジョギングに出た。
やだなあ、僕ったら。朝っぱらから何考えてるんだよ。本当に覚えたての高校生みたいじゃないか。だけど、征治さんがかっこよすぎるんだもん。仕方がないよな。
ぽわぽわを振り切るように頬を両手でぱしぱし叩き、このところ少しひんやり感じるようになった朝の空気の中へ飛び出した。
ジョギングの後、シャワーを借りて戸締りをし、征治さんのマンションを出た。
二人で一緒に住もうと決めてから、週末は二人で物件巡りをすることが多い。
ネットで調べた気になるマンションを、実際に見に行くのだ。ネットに情報を載せてなさそうな地元の小さな不動産屋さんへ赴くこともある。
僕の借りている部屋の更新はずっと先だし、期限となるのは征治さんの会社の制度の都合で2月末まで。まだ10月上旬だからそれほど焦ることはない。
早く一緒に暮らしたいというのを除けば、ゆっくり気に入る物件を探せばいいのだ。
僕は征治さんさえ居てくれれば、住むところに特段こだわりはないのだけれど、征治さんはそうじゃない。
「だって、二人の愛の巣だよ?」なんて、ちょっと恥ずかしくなるような事を言うんだ。
だけど僕は分かっている。
自分よりずっと長く家に居ることになる僕が過ごしやすいことを最優先に考えてくれていることを。
リビングやキッチンよりも僕の仕事部屋の日当りや見晴らし、風通しや騒音まで念入りにチェックしているから。
「それにさ、こうやって二人で色々考えながら、未来の部屋を探して回ること自体楽しいしね」
それは、僕もそう思っていた。
最初はちょっぴり不安だったのだ。男二人で一緒に住むところを探していると言ったら、不動産屋から変な目で見られたり、オーナーから断られたりするんじゃないだろうかって。
だけど、それは杞憂だった。
都会の若い世代では最近ルームシェアする人達も少なからずいるらしい。
あとは征治さんの話術によるところも大きい。人の心を掴むのがやたらと上手いのだ。
相手が若い男性なら「ユニコルノ」の名前を聞かせると大体が大ヒットゲームの話題を先方から出して食いついてくることをよく知っている。
女性の場合は年代に関係なく爽やかな好青年オーラを振りまき、あっという間に標準以上のサービスを相手から引き出す。
中堅以上の男性だと、デキるサラリーマンを匂わせつつ、
「東京の家賃って高いでしょう?彼はフリーランスのクリエーターとして頑張ってるんですが、なかなか大変みたいなので同郷の赤ん坊のころから知ってる幼馴染としてサポートしてやりたくて」
みたいな事を言って、人の良いオヤジさんなんかに「ほう、田舎はどこだい?」なんて言わせている。
小説家と言わないのは、僕の本名とペンネームが繋がらないようにするためらしい。一度エッセイに自分で挿絵も書いたので、「色々創作活動する人」=クリエーターでいいんだそうだ。
だいたい僕は横で大人しくしていればよく、クリエーターという言葉に警戒する相手がいたら「収入は一応あるんですけど、波がありまして」と事実を言えばいいだけだ。
「征治さん、凄いね。詐欺師にだってなれそう」
と僕が茶化すと
「えー、心外だなあ、ただの交渉術だよ。第一、俺は一つも嘘は言ってないでしょ?陽向と恋人同士だと話していないだけだよ。もっともそういう質問をさせないように持っていってはいるんだけど。初対面の相手にわざわざ最初から不利になるかもしれない情報を与える必要はないからね」
確かにそうだ。
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