9 / 144
第9話
「それに、真の交渉はいい部屋が見つかってからだよ。家賃、駐車場代、仲介手数料、引越し代金。全て値引きさせてみせるから。
そうしないと、俺が狙っている借り上げ社宅扱いが出来なくて困るからね。借り上げ社宅は会社の節税対策にもなるから、上手くやらないと」
これには驚いた。かなりのお坊ちゃん育ちの征治さんの口から値引きなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
「ははっ、なんて顔してるの。俺がユニコルノに入社したころは、俺以外みんな創業時の技術屋ばかりだったから、開発以外のありとあらゆる仕事をやったんだよ。
値引き交渉なんて毎日のようにしたよ。頭だって何度も下げた。金策に走り回ったこともあるよ。
大変だったけど、今は良かったと思ってる。何も苦労せず大学出て、修行という名目で数年どこかの会社で腰掛け程度に働いて親父の会社を継いでいたら、碌に仕事も出来ないままだったろうし、まともな経営者にもならなかっただろうな。
まあ、今回は時期もいいんだよ。春の引っ越しシーズンにはそうはいかないだろうけど、この時期は不動産屋も引っ越し屋も閑散期で少しでも仕事が欲しいはずだから。
契約者が会社になるのも貸主にはありがたいはずだし。
あ、もしかして『そんな人の足元見るような人嫌い』って陽向は軽蔑しちゃう?」
急に困り顔になった征治さんが可愛くて、僕はクスクス笑いながら首を横に振った。
だけど、征治さんはもうただの王子様じゃないんだな、とも思った。
征治さんはそれこそ立っているだけで、人を魅了する容姿と育ちの良さからくる品の良さと鷹揚な雰囲気というか、平たく言えば王子様オーラが出ていると思う。(僕の贔屓目ではないはず)
だけど、今僕の前を歩いているこの人の背中には、それ以上に地に足が付いた逞しさのようなものも加わっていて、僕にはより眩しく映る。
僕も成長しなければ。
一緒に並んで歩いて行けるように。
そう思わさせられた。
ともだちにシェアしよう!