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第12話
天使たちにメロメロになっていたとき、とても小さな「おかあさん」という声が耳に届いた。
ただの子供が母親を呼ぶ声なら反応しなかった。思わず周りを見回したのはその声があまりに不安気に震えていたからだ。
僕の斜め後ろ2mのところに、小さな女の子が辺りをキョロキョロしながら立っていた。
3,4歳?
「おかあさん」
蚊の泣く様な声に、不安気な表情。小さな右手で自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめている。
迷子なのか?
周りに目を走らせてみるけど、子供を探しているように見える母親らしき人は見えない。案外このペットショップや近くの店にいるのかもしれないと様子を見てみたが、女の子は益々泣きそうな顔になっていく。
えっと、迷子センターみたいなところがあるのかな。そこに連れて行ってあげればいいのかな?
・・・だけど探しに来た親と入れ違いになっちゃったら?
逆に僕が連れ去ろうとしてる勘違いされたら?
それが沢山の人の前で騒ぎになって注目されてしまったら?
本当はとても簡単な事の筈なのに、目立つ行動をしたくないという意識が僕をもたつかせた。
高校生までの僕なら、たとえ口がきけなくても難無くできた筈のことが出来ない現実に、ショックを受ける。
誰かほかの客が気付いてくれないかと願ったが、皆ショーケースの中ばかり気を取られていて気が付かない。
ショップの店員は背丈を超えるショーケースの奥で作業をしたり、商談コーナーで客を相手に何か手続きをしていて、こちらを見る気配もない。
「お・・・かあ・・・さん」
益々震えだした声にやっと心が決まった。取り敢えずお店の人のところへ連れて行こう。
少し鼓動が早くなっているのは気付かないふりをする。
2回深呼吸をして、女の子に近づいた。
女の子の前にしゃがんで視線を合わせ「お母さんとはぐれちゃったの?」と聞いてみた。
女の子は黙ってコクリと頷く。
「お母さんといっしょにこのお店見てたの?ここではぐれちゃった?」
「おかあさんとみっくんとあるいてたら、かわいいねこちゃんみえて・・・おかあさんとみっくんいなくなってた」
「そっか。じゃあ、お店の人に頼んで、お母さん呼んでもらおうか」
女の子の背中を押して、ショーケースの奥にいるペットショップの店員さんに声を掛けた。
本来なら、店員さんが迷子センターまで連れて行ってくれるようだが、生憎お客さんの対応に皆手が離せないらしく、インフォメーションの方から人が迎えに来るそうだ。
それまで、店の前の広い通路にあるベンチで女の子と並んで座り、待つことにした。
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