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第17話
電話の音で目が覚めた。
一瞬、自分の状況が分からず慌てたが、この呼び出し音は征治さんだと気が付き、枕元のスマホに飛びついた。
『陽向、仕事中だった?そうだったらごめんね』
「ううん、大丈夫。家だから」
『この後も家に居る?まだ高速のサービスエリアなんだけど、帰りにちょっと寄ってもいいかな?
お土産にって大きなシュークリームが5個も入った箱をもらっちゃって。ゴルフ場に併設されているホテルのパティシエが作った人気商品なんだって。俺一人じゃ手に負えないから助けて』
あと1時間ぐらいかかるだろうと言って征治さんは電話を切った。
改めて薄暗い部屋の中を見回した。
時計を見ると5時近い。確か2時半ぐらいに部屋に帰ってきて、野菜ジュースだけ飲んで昼も食べずにベッドに倒れ込んだのだった。2時間も眠っていたのか。
思いがけず征治さんが来てくれることになった。
できることならシュークリームだけ届けて帰らず、少し一緒に居て欲しい。ちょうど、早めの夕飯にできるかもしれない。
冷蔵庫に、金曜日に練習で作った豚の角煮とその煮汁で漬けた味玉があることを思い出した。
税理士事務所のおばさんに貰った浅漬けを作る粉で、冷蔵庫にあったきゅうりと大根と人参で即席漬けを作る。炊飯器もセットした。あとは具沢山の味噌汁があれば何とか形になるかな。
小さなダイニングテーブルにそれぞれ並べ終えた時、呼び鈴が鳴った。
「陽向、ごめんね急に」
「ううん。お帰りなさい。ねえ征治さん、ご飯食べて行かない?あり合わせなんだけど」
「え、いいの?嬉しいな・・・でも、陽向、なんか具合が悪そうじゃない?」
征治さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫」
シュークリームの箱を受け取りながら、部屋へ促した。
「へえ、角煮なんて作ったの、凄いね。料理の練習してるって言ってたもんね」
そう言ってダイニングテーブルに近づいた征治さんが、デスクの上のものに目を止めた。
「陽向、今日どこかに出掛けたの?」
買い物してきたものが置きっぱなしになっていた。
「うん。一人で行ってみたんだ。いつものショッピングモール」
征治さんが目を見開く。そして納得したように言った。
「マスクなしで行ったの?それで疲れちゃった?それとも何かあった?」
僕は誘惑に負けて、ふらふらとすい寄せられるように征治さんのもとへ行き、その肩に自分の額をぽてっと乗せてしまった。
「ちょっとだけ、充電させてもらってもいい?」
「ん。いいよ。ほら、おいで」
そう言うと征治さんは優しく抱きしめ、背中をゆっくり撫でてくれる。
精神安定剤を吸入し、触れているところからも征治さんのエネルギーも分けてもらうと、少し元気が出てきた気がする。
「一人で頑張ってみたんだね。どんなことがあったのか、後で話してくれる?」
体に直接響いてくる落ち着いた声に安心して、征治さんの首筋に顔を埋めたまま、頷いた。
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