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第18話
夕飯を食べながらぽつりぽつりと今日のことを話すのを、征治さんは根気よく聞いてくれた。
「それで、陽向がそんなに落ち込んでしまった直接の原因はなんだろう?」
「普通の人なら誰でも簡単に出来ることが、僕には出来なかった。
知らない人から話しかけられたり、カメラを出されただけでパニックになっちゃった。
大の大人が女の子のナンパに・・・そうだって気づいてなかったけど・・・誰かに助けてもらわないとならないなんて、情けなさすぎる。
それ以上に、僕に近づいてくる人はみんな敵のように感じてしまったし、善意で言ってくれていることも疑ったりしてしまって・・・僕は心も汚れてる」
「陽向、そんなに思いつめないで」
テーブルの反対側から手を伸ばし、僕の手を包むように握ってくれる。
「まず、陽向が自分であそこへマスクなしで行ってみようとしたこと。最初に決めた眼鏡とセーターを買う、ペットショップへ行くという目標はちゃんと達成できたことを忘れちゃ駄目だよ。それだけで、俺は大きな前進だと思うよ。
その上、迷子というイレギュラーにもちゃんと対応できたんじゃないか。
陽向は普通じゃないっていうけど、普通ってなんだろう。世の中にはありとあらゆる基準と評価があって、他の人にはできないけれど陽向には出来ることだってあるんだ。
物差しは他人と比べるために使うんじゃなくて、自分の伸びを測るために使おうよ」
「自分の伸び・・・だけど、あまりに微々たる伸びで測れる物差しがないよ。結局帰って来る時も不安で伊達メガネにできなかったし」
「そんなことないって。それは傍に居る俺が一番よく見えているよ。一足飛びに行かなくっていいんだ。
ほら、有名な歌であるじゃないか。3歩進んで2歩下がるってやつ。それでも、1歩は進むんだよ?1年で365歩、10年で3650歩も進むよ」
「だけど・・・征治さんはもっと早く先に行っちゃうでしょう?」
征治さんが目を見開いた。
「何を言ってるの。俺は隣で手を繋いでるんだ。そうして、陽向が一歩一歩進んでいくのをちゃんと見てる。
だけど、陽向にはちょっとハンデがあるから、もし躓いて転んだら助け起こすし、大きな水たまりがあったら、ぐっと手を引いて飛び越えられるようにしてあげる。
それが出来るタフな奴でいられるように、俺自身も努力する」
鼻の奥がツンとした。
「征治さん・・・やっぱり僕に甘すぎるね。僕が甘えすぎなんだと思うけど・・・」
「ふふふ、陽向は俺に『恋人を甘やかす喜び』を与えてくれてるんだよ?
ねえ陽向、シュークリームは俺の家で食べよう。そして今夜も泊まっていって。陽向を抱いて眠りたい。苦手なゴルフでニアピン賞を取ったご褒美頂戴?」
征治さんは弱っている僕の傍に居てくれようとしているのだ。
僕の部屋にはソファーも無いし、ベッドもシングルのおんぼろパイプベッドだ。会社用の服だってここには置いてないから、こんな風に言って誘ってくれている。
だけど、こんなに甘えていいのかな。
そんな風に僕が迷う暇を与えないようにか、
「ほらほら、行くよ。泊まりの準備して。その間に、俺が皿を洗っておくから」
征治さんは笑いながら、僕を席から立たせた。
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