19 / 144
第19話
その夜、征治さんはベッドで僕を腕に抱きながら言った。
「陽向が感じたことや思ったことを俺にちゃんと話してくれたのが、とても嬉しかったよ」
「征治さん、重たくてごめんね。征治さんと一緒にあそこへ行ったときはもう平気な気がして、きっと一人でも大丈夫だって勝手に思い込んでたんだ。
今日大丈夫なら、次はアレ、その次はアレって色々考えてたのに、それがいきなり躓いて・・・こんなんじゃ免許取るのなんて、いつになるんだって・・・・なんか僕、凄くネガティブになってた」
「誰だってそんなときはあるよ。陽向はどんどん変わっていっているよ。
俺が陽向と再会したばかりの頃はどんなだったか覚えてる?口がきけないだけじゃなく、目に今みたいな光は無かったし、笑うことも無かった。劇的な変化が起きてるよ。
ここでちょっと足踏みしたって大したことじゃない」
「うん。もうあんまり気にしないようにする」
昔体験したことに比べたら、今日の事なんてほんの些細なことだ。いつもの征治さんの『ほら、どこも破れてないよ』をやってもらって気付くなんて情けないけど、お陰ですごく気持ちが楽になった。
「それに、今日は花村さんと八神さんと知り合えたじゃないか。陽向の世界がまた少し広がるよ、きっと」
「征治さん、ほんとに幸せ探しが上手だね。だけど、そうした方が楽しく生きていけるよね。征治さん、ありがと」
僕の背中を撫でていた征治さんの手の動きが次第にゆっくりになってきた。
考えてみれば、征治さんは早朝から出掛け、東京―静岡間の往復を運転し、気を遣う接待ゴルフをこなした後に僕の愚痴に付き合ってくれていたのだ。
「陽向・・・ウサギはまた今度・・・一緒に見に行こう・・・」
そこからは静かな寝息に変わっていった。
僕は本当に幸せ者だ。
征治さん、世話の焼ける奴でごめんね。それからいつも僕に寄り添ってくれてありがとう。
征治さんの言うようにゆっくりでも変わっていけばいいよね。そのために、明日からもちゃんと前を向いていかなきゃ。
温かい腕の中にくるまれて、今日自分にできた小さな傷が閉じていくのを感じ、僕は安心して目を閉じた。
ともだちにシェアしよう!