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第20話  <第3章>

仕事用の資料を読んでいると、聞きなれない着信音が聞こえた。 僕のスマホに電話を掛けてくるのは征治さんと篠田さんぐらいで、二人にはそれぞれ違う着信音を割り当てている。 画面を確認すると『酒田元工場長』と表示されていて、驚いた。 酒田さんは僕が群馬で働いていたとき、お世話になった方だ。 群馬の工場が同業他社に買収され、僕を含めそこで働いていた者の多くが買収先の神奈川の工場に移る際、雇われ工場長だった酒田さんは丁度キリがいいと退職した。 僕は声が出るようになってから、地元の森本弁護士と吉沢さんと酒田さんにそのことを報告していた。酒田さんは、吉沢さんの旧知の知り合いであるので連絡先を教えてもらい電話をしたのだ。 以前から僕のことを心配し、気にかけてくれていた酒田さんは、我が事の様に喜んでくれた。 しかしその後、近所に小さな畑を借りて野菜を作りながらのんびり暮らしている酒田さんとは普段接点は無く、それきりになっている。 なんだろう? 全く要件が思い浮かばないまま、電話に出た。 簡単なお互いの近況報告の後、急に酒田さんの声が改まった。 「風見君、ちょっと聞きたいんだけど、君の知り合いに『れい』という男性はいるかい?」 れい? ・・・レイ!? ひゅっと喉が鳴った。 「実はね、昨日、一人の男性が工場跡に訪ねて来たんだよ。 君たちが働いていたあの工場は、中から機材が運び出されて今は閉鎖されてるんだ。跡地を駐車場にするとかファミリーレストランにするとかいくつか話があったが、結局まだ建物はそのままになってる。 そこを見掛けない男がウロウロしていたらしくてね。現地視察をしに来た業者には見えない格好だったんで、不審に思った近所の住民が声を掛けたんだ。 その男が言うには、かつて此処で働いていた知り合いを探している、連絡を取りたくて調べてみたがどうやらもう営業していないようなので、どこかへ移転でもしたのか、誰かこの辺で知り合いがいないか確認したくて、来てみたというんだ。 声を掛けた住人がここの買収先なら私が良く知ってるだろうと、その男を連れて来たんだよ」 「その男の探している知り合いというのが、僕なんですか?」 僕という人間があそこで働いていることをちゃんと認識していたのは、確かにレイだけの筈だ。 だが・・・もし違う男だったら・・・? 今になって、追っ手に見つかったのだったら・・・? 手にジワリと汗が滲んできた。 「探しているのは風見と言って、口のきけない顔立ちの奇麗な男性だと言っていた」 口のきけない風見なんて、他にそうそういるわけがない。 ドクドクと鼓動が早くなる。 「ど、どんな風貌でしたか?」 「んー、歳は30前?背は170ちょいかな?なかなかの男前だったよ」 もしかすると・・・本当にレイかもしれない。

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