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第47話

完全に陽向が眠ったのを確認して体をほどき、仰向けに寝かせてやる。 その横に片肘をついて、その穏やかな寝顔を見つめた。 本当に今日は色々なことがあった。そして大きな変化があった日だった。 翔太には感謝の気持ちでいっぱいだ。 正直なところ、最悪の事態は想定していたとはいえ、脱走から8年近く経って、まだ沢井がレイや陽向のことを取り戻そうとしている可能性は限りなく低いと思っていた。 余程気に入っていたか、粘着質な男でなければ、8年という年月は相当に長い。 おまけに大金持ちで美少年好きとなれば、新たなペットを手に入れる方へその関心は向いただろう。 俺が一番恐れていたのは、レイが陽向の信頼を裏切り、傷付けることだった。 陽向の中では、レイは檻から解放してくれた救世主であり、勇気を出して一緒に外へ飛び出した同志でもあった。 そんな彼がもし「昔のよしみで」などと言って、金の無心やトラブルを運んで来たらどれほど陽向が傷付くか。それを恐れた。 むやみやたらに疑心暗鬼になったわけではない。 過去に自分が何度も経験したからだ。 父親の事件の後、批判にさらされ心理的に孤立していたとき。その隙をつくように善意の仮面を着けてすり寄ってきた心無い人たちに、どれほど苦い思いをさせられたことか。 あの時の心のささくれ立つ思いを、もう十分に傷付いてきた陽向に味わわせたくなかった。 どうか陽向を傷付けないでやってくれ。 そう祈る気持ちでいた。 だが結果として、レイは陽向の言う通りの誠実で真っ直ぐな男で、彼によりもたらされた朗報以上に、そのことは俺を喜ばせた。 人を信じられなくなるのは辛い。 それはずっと一人で生きていくという孤独に耐えていくことだから。 俺の場合は友人の後藤とその従兄の山瀬さん、そしてやるべき事の存在に随分救われたけれど。 本当は誰しも、人を疑ったりしたくはないのだ。 翔太はその意味で本当に素晴らしい再会の喜びを陽向に与えてくれたと思う。 翔太の幸せを喜ぶ陽向の姿に、俺も本当に安堵し嬉しかったのだ。 陽向。沢井がいなくなって、これで少しは自由になれるよな。 さっき見せた涙は、決して「嬉しい」などと単純な感情が出させたものではなかっただろう。 それにしても、と思う。陽向は繊細でナイーブでありながら、時に思わぬ強さをみせる。 それに陽向には不思議な力があるよな。陽向と深くかかわった人間は皆、大きな影響を受けるんだ。 翔太が陽向に救われたと言ったのは、分かる気がした。俺自身、陽向と再会してから随分自分が変わったと感じている。 陽向の中にあるどんな状況に置かれても穢れることのない純粋さが、触れた者を浄化するのだろうか。 ただ、表裏一体の危うさとでもいうか、明るい炎が虫を集めてしまうように、陽向に引き寄せられ狂ってしまう者もいる。またそのせいで、庇護欲を掻き立てられる者もいるのだ。 すべすべした頬を指の背で撫で、そっと髪にキスを落とす。 「これから、二人で幸せになろう」 安らかな寝顔にそう語り掛け、俺は満ち足りた気持ちで目を閉じた。

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