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第52話
「やあ!こんなところで会うなんて奇遇だね」
「こ、こんにちは、花村さん。お仕事ですか?」
「うん、そうなんだけどね・・・風見君、お昼食べた?」
唐突に聞かれ、思わず首を横に振ってしまい、しまったと思った時にはもう遅かった。
「じゃあ、凄く急いでなければ付き合って。すぐそこで、もうすぐ打ち合わせの筈だったんだけど、先方が出先から戻るのが遅れてるらしくってさ。1時間じゃ社に戻っても中途半端だし、今の間にご飯食べちゃおう。ね?」
ね?のところでなぜか僕にぱちんとウィンクを飛ばし、僕が呆気に取られている間に僕の腕をむんずと掴んだ花村さんはどんどんどこかへ僕を引っ張っていく。
え?ええ!?
いくつか角を曲り、路地の前でちょっと首を傾げた花村さんは「こっちだな」と右に折れながら
「今更だけど、カレー嫌いじゃない?」
と尋ねた。
「はあ、あまり辛すぎなければ・・・」
味覚のバランスは相変わらずおかしいが、食べられないわけではない。
やがて小さなカレー屋の前で足を止めた花村さんは、やっと腕を放してくれ、いいよね?というようにこちらを向いてニコッと笑って可愛く首を傾けた。
ああ、征治さんと一緒だ。顔面偏差値の高い人達は己の武器をよく分かっていらっしゃる。
もうここまで来て嫌だとも言えず、頷くと更に笑顔を振りまいて花村さんは僕をエスコートするように店内へ促した。
一歩中に足を踏み入れると何ともスパイシーな香りが漂っている。急に食欲が刺激された。
くるりと店内を見渡した花村さんは一番奥のテーブルを指し、店員さんに「あそこいい?」と聞いている。
そして、わざわざ奥の壁に向かう側の席を僕に勧めてきた。それは僕の対人恐怖症を気遣っての事のように思えた。
席に着くと、花村さんは悪戯っぽい笑みを見せて言った。
「ごめんね、付き合わせて。だけど、前から来てみたかったんだよー。それに今日は12月並みの寒さだろう?
それにしても、いったいいつから神田はこんなにカレー屋だらけの街になったの?もうこの界隈だけで400軒もあるらしいよ。取引先の人達がどこどこの何カレーが美味かったとかよく話してるから気になってたんだけど、忙しくてなかなかこの辺で昼飯食べてられなくってさ」
神田周辺には数多くの大手出版社がある。広告代理店の花村さんはよくこの辺りにくるのかもしれない。
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