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第53話

「風見君は・・・学生さん?院生さん?古書店に来たの?」 この辺りには有名な古書街もある。僕のラフな格好を見て勤め人じゃないと思ったのだろう。 いつも年齢より若く見られがちだけど、でも学生って・・・。 「いえ、僕も仕事でちょっと用事があって」 「ああ、そうなの」 で、仕事って何?と聞きたそうなワクワクキラキラした視線に耐えきれず、 「あの、ちょっと物書いたりしてて・・・」 と呟いてしまう。 「へえ、そうなんだ。小説家なの?何か出版されてる?俺も読める?」 なんでそんなに僕に関心を持つんだろう。ああでも、もしかすると話題を見付けて場を持たせようとしてくれてるのかな。 だけど、悪い人じゃないと分かっていても風見陽向と秦野青嵐を紐付けたくなくて、口ごもってしまう。 僕が触れたくなさそうにしていることを察したのか、花村さんは話題を変えてくれた。 「松平さんは元気?そういえば最近、山瀬さんが雑誌に載ってるの見たなあ。あの人面白いよね」 その雑誌の記事は征治さんが見せてくれたから僕も読んだ。今回はどこを探しても征治さんの姿は写真に写っていなかったけど、今の僕にはすぐ傍に生身の征治さんがいてくれる、そう思ったのだった。 それから花村さんはカレーが運ばれてくるまで、巧みな話術で場を解してくれた。 お陰で、茶色いウェーブのかかった髪に碧い瞳の美形、お洒落なスーツの花村さんと、ジーンズに地味なカーディガンとボサボサ頭に伊達メガネの僕というおかしな取り合わせが気にならなくなるくらいには、僕もリラックスしてきた。 運ばれてきた熱々のカレーからは、鼻孔をくすぐる良い香りがたち昇ってきて、思わず顔を寄せくんくんすると、伊達メガネが真っ白に曇ってしまった。 邪魔に思って外して横に置くと、花村さんが少し驚いた顔をした。 前に会った時には、結局サングラスすら花村さんの前で外すことが出来なかったのだから当然だろう。 翔太に会った日から、僕はサングラスやマスクは掛けないことにした。というか、掛けないでもいられるようになった。 だが、矛盾することに、まだ素顔で外、特に人混みに出るのは少し怖いのだ。 それはあまりに長い間、顔を隠して生きてきたせいなのか、男娼やペットパーティーの記憶が抜けきらないせいなのか、僕が極端な臆病者だからなのか、自分でもよく分からない。 征治さんは「焦る必要なんてないよ。それに、メガネっ子の陽向も可愛いしね。これにニットキャスケットを被せたらもっと可愛くなりそう」と軽く言ってくれたので、僕もそんなにそこは悩まずにおこうと思っていた。 「あの、花村さんはもう知っている人ですし、以前とは少し状況が変わったので」 説明になるような、ならないような言い訳をすると、「ふうん」と言った花村さんはニコッと笑た。 「やっぱり伊達メガネだったんだね。初めて素顔を見るけど、美人さんだねえ。うーん、色白さんだし白雪姫?」 姫?芸能人みたいな花村さんに言われても、恥ずかしいだけなんだけど・・・。

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