そこでにっこり笑った花村さんは、「ほら、手と口が止まってるよ」と僕に食べるように促した。 「彼は今、東京で働いてて、龍晟の叔父さんのやってる道場へたまに顔を出すと彼に会うこともある。あの頃の事を冗談で言い合えるほど、今は全然そんな気配すらないよ」 「そうなんですか」 そんな話を聞いたら、僕もいつかは何でメガネなんて掛けてたんだろうと笑える未来があるような気がして嬉しくなった。 なにしろ、何年も出なかった声が出るようになったのだし、諦めていた男性機能も回復して征治さんと愛し合えるまでになったんだ。 やっぱり花村さんはお節介というか優しい人なんだな。きっと僕に聞かせるといいと思って友人の話をしてくれたのだろう。 そう思って礼を言うと花村さんは優しい顔になって 「君は素直でいい子だね。よし、これからもどんどんお節介しちゃおう」 と人懐っこい顔で笑った。 じゃあ、少し気になっていたことも聞いてしまおうか。 「花村さん、前に生き方を色々考えたうえでのスタイルだとかおっしゃってたじゃないですか。あれはどういう意味なんですか？」 「んー、それはねえ・・・俺達は男同士のカップルじゃん？龍晟はバイなのに子供を持たせてやれないとかそういう1次的な悩みは、二人でパートナーになると決めたときにもう通り過ぎてるんだけどさ。 子供を育てて社会に送り出すって言うのは本当に大変なことで、みんなそのために愛情だけでなく、多大な時間と労力とお金をつぎ込んでそれを成し遂げているわけだよね。 俺はゲイで男性同士でパートナーになったって公にしてるだろ？理解がある世の中になってきつつあるとはいっても、やっぱり少しは嫌なことを言ってくる奴もいる。競争の激しい業界でもあるしね。 性癖に対するダイレクトな嫌がらせだけじゃなくてさ、子供に手が掛からなくて自分の事だけやってればいい奴はいいよなとか、子供を育てないのは社会的役割を果たしていないとか、子供を育てることで親も成長するからそれをやらないお前らはいつまでも大人になれないとか、独身貴族同士で暮らしてるようなもんだから金が有り余って仕方がないだろうとかね」 「だけど、その分いっぱい税金も払ってますよね？」 「ふははは、風見君、面白いね。うん、確かに税金いっぱい払ってる。まあそれ以上に子供にはお金がかかるだろうけど」 「すいません、税理士事務所でアルバイトしてるので、つい・・・」 「あはは、そうなんだ。っていうか俺に気を遣ってくれたんだろ？ だけど、彼らの言う事も本当なんだ。 俺、一つ上の姉がいるんだよ。子供が生まれるまでは夫婦ともに新聞記者でバリバリに働いてたんだ。だけど姪っ子が生まれてから、フリーのジャーナリストに転向して今は仕事量を減らしてる。夫婦で助け合ってやっていこうとしてたけど、やっぱりそれまでの仕事のやり方は出来なくなったんだ。 本当に子供を育てるって大変なことだよ。 だけど、俺と龍晟が子供を社会に送り出すことはどうやったって出来ないわけだから、じゃあ俺はどういう形で社会に貢献して自分の役割を果たせばいいのかなって考えるようになったんだ」