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第56話

「俺の父親はノンフィクションのルポライターで彼なりの信念に基づいて社会に発信をし続けている。姉貴夫婦も、ジャーナリズムは社会的使命を背負っているから決して半端なことは出来ないって、東奔西走している。 龍晟は化学メーカーの元研究者で今は営業なんだ。新しい素材を開発してそれを世の中に広めて、より人が安全で快適に暮らせるようにしたいっていうそれも広義で社会的な貢献になるだろう? じゃあ、俺も自分の土俵で精一杯働けばいいんじゃないかって考えたときにさ、大きな疑問が湧いてきちゃったんだよ・・・広告って本当に必要なのか?って」 「え?」 驚いて、ちょっと困ったような顔をして笑っている花村さんを見つめてしまった。 「俺は自分の仕事が好きだし、俺に合っているって思うから働くのは苦じゃない。 広告だって、依頼主が研究を重ね、試行錯誤を繰り返してきた努力の結晶を、売れるようにする為のお手伝い、提供する側と消費者を繋ぐパイプだって考えればまだ納得がいくんだけどね。 商品開発段階から関わるのもあれば、顧客のニーズ通りのCMを作るだけとかケースは色々あるんだけどさ。 時々、ブラック企業って噂が絶えないのにイメージアップを図る雰囲気CMを流しているのを見たり、ただ注目を集めるためだけに旬のタレントに商品とは全く関係ない変な踊りをさせたりしてるのを見ると、なんだかなあと思ってしまう。 そして、そんなCMは視聴者に録画を見るときスキップされるし、チャプターマークでカットされる。見たとしてもあっという間に記憶から消えて、何も残らないんだ。 そういう『あぶく』の様なものを売っている俺って何だろうってふと考えたりしてしまってね。 かと言って、仕事以外に何かボランティア活動に打ち込むって言うのも、実際のところ仕事の時間が不規則の上に忙しすぎて出来ないし。そうやって暫く悶々としていた時期があったんだ。 で、色々考えた挙句出た結論はね、馬鹿馬鹿しいぐらい単純で簡単なものだったんだ」 僕は花村さんの顔を見つめて、次の言葉を待った。 「ボランティアとかそういうのは定年になって引退してからいくらでもできる。今は、とりあえず今の俺に出来ることから始めればいいんだってね。 社会貢献って広い意味では、世の中が少しでも良くなるようにすることだろう?なんだっていいんだよね。それこそ、道に落ちてるゴミを拾うことだって。 俺は人とのコミュニケーショ能力の高さを買われることが多いから、俺の周りで何か困っていたり悩んでいたりする人が居たら、どんどんこちらから働きかけて、その人たちが『今日いいことあったな』と思える回数を増やしていけばいいかなって。 俺達は子供を社会に送り出せはしないけど、皆が送り出した次の世代の生きる社会が殺伐としたものじゃない、明るい物であるようにねがうことはできるはずだってね」 僕はただ感嘆して、気の利いた相槌も感想も言えず、花村さんの端正な顔を見つめ続けた。 「ぷはっ。そんなにおっきな目をウルウルさせて見つめられたら、ドキドキしちゃうよ」 「あ、す、すいません」 顔を熱くして慌てる僕に、花村さんは相好を崩した。

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