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第57話
「ふふ、冗談だよ。だけど俺、大したこと言ってないよ。実際やっていることと言えば、元々親切な人なら日常的に無意識でやっているようなことだろうしね。人によったら『へー』で終わる話なのに、あんまり真剣に聞いてくれるから」
「いえ、大したこと、あります。僕は、いつも自分のことで手一杯で・・・いや、自分の事すら手に余って、いつも周りの人に助けられてばかりで・・・花村さんみたいに社会での役割や貢献なんて、考えたこともなかったです。なんか、自分が恥ずかしくなりました」
「俺だって、昔からこんな風に考えてたわけじゃないよ。さっきの話とある意味相反するけど、俺の生活が満ち足りたのもきっかけだったと思う。
ずっと追いかけていた龍晟が手に入って、たくさん愛情を注がれて、幸せ過ぎて怖いぐらいでさ。精神的に安定したせいか、仕事もそれまで以上に順調で。俺一人、こんなに幸せでいいのかってね。
言葉を変えれば、俺の幸せのおすそ分けをしてるんだ」
僕はまたその言葉に感じ入って、花村さんを見つめてしまう。
「ああ、本当に風見君は可愛いね。きっと松平さんもこういうところが可愛くてたまらないんだろうね」
そう言って笑うと、花村さんはテーブル越しに手を伸ばして僕の頭をいい子いい子するように撫でた。
その後も楽しく会話をして、いつの間にか僕は連絡先を花村さんに教えていた。
そろそろ取引先へ向かうという花村さんに「こっちが無理やり誘ったんだから」とカレーを奢って貰い、大通りで別れた。
駅に向かう足取りは、ほんの1時間前に項垂れて歩いていたのが信じられない程に軽く、気持ちも高揚していた。
よく考えてみれば、僕が征治さん以外の人と外で食事をして、それを楽しんだこと自体が驚きだ。
この気分の高まりが、いったい何に起因しているのか自分でもよく分からないが、今日の出会いには何か大きな意味があるような気がした。
そして、早くこのことを征治さんに話したくてウズウズした。
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