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第58話 <第6章>
「陽向の服、これで全部なの?」
クローゼットに収納するのを手伝ってくれながら、征治さんがちょっと驚いたように聞いた。
「うん。元々外に出ないからそんなに持ってなかったんだ。工場で働いてたときは寮で作業服に着替えて出掛けてたし、東京来てからだって行くところは、あすなろ出版かバイト先か図書館ぐらいで、どこもラフな格好でOKだったから。
今回、古びたTシャツとかは雑巾代わりにして処分してきちゃったしね」
新しいマンションのベッドルームには大きなクローゼットがついていて、征治さんとシェアして使う。
元々、僕は征治さんのようにスーツもないからスペースは征治さんの三分の一でいいよとは言っていたけれど、実際に吊るしてみるとあまりに少なくて、スカスカしている。
「じゃあ、これから色々買う楽しみがあるな・・・」
征治さんが手を口元にやって、なんだかニヨニヨしている。
「え?要らないよ?別に困ってないもん」
「いや、俺が着せたい物が色々あるんだよ・・・あ、気にしないで、独り言だから。
さて、これで大体終わったかな?じゃあさ、近隣の店探索と冷蔵庫の食材調達を兼ねて、出掛けようか。夕飯も良さげなところがあったら食べてきてもいいし」
晴天の土曜日の今日、僕たちは一緒に暮らす部屋に引っ越しをした。
午前中にまず征治さんの荷物を入れ、午後に僕の荷物。僕の方は引っ越しと呼ぶほどのものでもないコンパクトさだった。
持ってきたのはデスクとチェア、本棚ぐらい。あとは本と調理器具と衣類を詰めた段ボールが数個。それ以外のベッドやダイニングセットや家電は元々リサイクルショップやネットで購入した激安品だったので、全部処分した。
だから、片付けもあっという間に終了。
歩いて10分ぐらいのところにそこそこ大きいスーパーがあり、その周辺にいくつか商店や飲食店が集まっている。
スマホで近場の店を検索して、僕はいいものを見つけた。
「ねえ征治さん、ちょっと歩くけど、この先の幹線道路渡ったところにKZがある」
「KZ?」
「ふふ、回転寿司。一度も行ったことが無いから行ってみたい」
「そっか。よし、そこに行ってみよう」
店まで連れ立って歩くだけで、心がはしゃいでしまう。
もうずっと征治さんと一緒にいられるんだなあ。
毎日、大好きなきりっとした目を見て、大好きなバリトンボイスが聞けて、大好きな匂いも嗅げるのだ。
初めての回転寿司を楽しんでいる間も、スーパーで牛乳やパン、洗剤なんかを買っている間も、何度もそれを噛み締めて、自然に顔がデレデレと緩んでしまう。
外だけど、手だって繋ぎたい気分だ。もっとも二人とも、両手は醤油やらトイレットペーパーやらロマンチックには程遠い荷物でいっぱいなんだけど。
エレベーターを降りて一番奥の僕たちの部屋の鍵を征治さんが開けてくれ、玄関内に重たい荷物を一旦置いたところで、同じように荷物を置いた征治さんに抱き締められた。
もしかして、征治さんも同じ気持ちでいてくれた?
瞳を覗き込むと、少し目尻が下がって、すぐに唇が塞がれた。
征治さんの首に腕を回し、甘く優しいキスに応える。気持ちいい。これからは毎日だってこういう風にキスできるのだ。
ふわふわした気持ちで夢中になっていると、唇を離した征治さんがくすっと笑った。
「陽向、可愛い。だけど、ここでずっとキスしてると陽向のアイス、溶けちゃうね」
そういえば、二人ともまだ靴すら脱いでいなかった。急に可笑しくなって二人でケラケラ笑いながら荷物を持ち上げた。
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