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第71話
『ふふ、あんたも、相手もゲイだなんて公にされたら困るんじゃないか?』
急に主導権を取り戻したように横柄な口調になった男に、征治さんは澱みなく答える。
『奥寺さん、あなたはまたリサーチ不足と勘違いですよ。
彼は私の同郷の幼馴染で赤ん坊のころから知っている。両親を亡くして身寄りがなくなってからは同じ家で一緒に育ってきました。
それから私はゲイではなく、バイです。そして、わざわざ触れ回ってはいませんが、特にそれを隠す気もなければ恥じてもいない。公にされたところで痛くも痒くもない。ちなみに山瀬もそれは知っていますよ。
つまり・・・』
征治さんは、そこで一旦言葉を区切り、相手の顔をじっと見据えた。
『慶田盛の父の事にしろ、私の性癖のことにしろ、私には隠さなければならない事なんて何もない。
確かに父は多くの人に迷惑を掛け、有権者を裏切る行為もしたが、それは父が負うべき責めであって、私には関係ない。ましてや、あなたに責められるようなことではありません。
もう一つ言わせていただければ、私には後ろ暗いことは何も無いが、ゼロからここまで必死に積み上げやってきた、という確固たる自負はある。
あなたがさっき言われていたような事をばら撒きたいのなら、どうぞご勝手に。私は微塵も揺らいだりしない』
きっぱり言い切った征治さんに、男は完全に気圧されているようだった。
『私は奥寺さんの会社の財務諸表を見たわけではない。だが、債務超過にもう限界ギリギリまで来ているのなら、買い取ってくれる会社若しくはファンドを見つけるか、それが無理ならなるべく早く会社を畳むべきです。
あなたはプライドを捨てて自己破産をすればいい。多少は周りに迷惑を掛けますが、自己破産は人生の終わりではありません。意外と受けるデメリットは少ないものですよ』
『じ、自己破産だなんて!そんなことしたら、終わりだ!他人事だからって・・・』
ワナワナと声を震わせる男に、征治さんは鋭い目で相手を見据え、ゆっくりと低い声で言い放った。
『奥寺さん、あなた、ことの重大さが全く分かっていないようですね。
あなたは今、瀬戸際に居るんですよ?真っ当な人間でいられるか、犯罪者になるかの』
『っ!!』
『恐喝は刑法に触れる立派な犯罪です。滑稽な話ですよ、私が犯罪者の息子だと暴こうとしているあなたが、自分が法を犯そうとしていることに気付いていなかったんですか?』
黙り込む男に、征治さんが語りかけ始めた。その口調はうって変わって柔らかい。
『奥寺さん、私が父親の犯した罪を知った時、どう思ったか分かりますか?
父とは昔から反りが合わず、決して仲の良い父子 ではなかった。病弱な母の死期を早めたのも、先祖から受け継いだ家を明け渡さなけらばならなくなった原因も、明らかに父の事件だった。
それでもね、父に対して湧いた感情は憎いでも恨めしいでもなく、ただひたすら「悲しい」でした。
あなたのご両親だってきっと同じです。たとえ自慢の息子が無一文になって帰ってきても、犯罪者になってしまうよりずっといいと思われるはずです。
あなたも人を脅した金で再生して、これから胸を張って生きていけますか?』
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