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第72話

長い沈黙が続いた。 やがて、イヤホンから「ぐっ」とか「ずずっ」とかいう音が聞こえてきた。男が泣いているのか、あるいはそれを必死に堪えているのか。 『念のため、釘を刺しておきますが・・・   もしあなたが私の幼馴染を傷付けたり、彼の不利益になるような事をするのであれば、私は黙ってはいませんよ。絶対にあなたを許さない。 いかなる手段を使ってでも徹底的にあなたを排除して、彼を護ります。それ相応の覚悟をしておいてください』 『ふん、あんた、自分の口で法を犯すなと言ったばかりじゃないか』 鼻声で男が突っ込む。 『勿論、法を犯すなんて愚かな事はしません。そんなことをしたら彼が悲しみますからね。でも、法を犯さずとも、あなたを潰す手段なんていくらでもあります。私を怒らせない方がいいですよ』 最後の脅し文句は、イヤホン越しに聞いていても凄みを感じるものだった。 『今、あなたが胸ポケットでこの会話を録音しているように、私もレコーダーに記録しています。あなたが私を脅す証拠材料としようとしたものは、あなたの犯罪を証明するものにもなるわけです。 その上、あなたはユニコルノの入居しているビルやこのホテルの防犯カメラに無防備に顔を晒してる。マンション周辺をうろつく不審者の映像もきっとあるでしょう』 だが、征治さんはまた優しい声に戻って語り掛ける。 『奥寺さんも、色々片付けてゼロから再出発してください。せっかくの才能、無駄にしないでください。 切羽詰まって私のところへ来られたんでしょうが、あなたは元々こんな風に人を脅したり出来る人間じゃないでしょう? 自己破産をしても、一定期間が経てば、また会社を作ることだって出来るんですよ。ただ、あなたは研究者向きで、経営や対外的な交渉なんかはそれが得意な人間を置くべきです。 そして、やけを起こしてこんな無謀なことをしないように諫めてくれる、信頼できる友人か恋人が見つけられるといいですね』 その後、征治さんは「それでは、人を待たせているのでこれで失礼します」と立ち上がった。 男は膝に付くほど頭を下げて、 『・・・申し訳・・・無かった』 と、くぐもった声で謝った。 そして僕たちがロビーを後にするまで、ずっとそのまま項垂れていた。

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