75 / 144

第75話

その夜、帰って来た陽向は少し興奮していた。 「八神さんは勿論だけど、花村さんも黒帯でもの凄くかっこよかった! みんな、あんなに殴ったり蹴ったりしてよく平気だなあ。絶対痛いと思うんだよね。実際に防御出来ずに当てられたところ、みんな真っ赤になってたし・・・。ずっとやってたら慣れたりするのかなあ? あと、紹介してもらったお友達とも色々話が出来たよ。それから八神さんとも連絡先交換したんだ。 あ、征治さんは八神さんに会ったことないよね。凄く背が高くて体もがっしりしてて、空手やってる姿は熊でも倒しちゃいそうな感じなんだけど、普段は凄く落ち着いてて物静かな印象なんだよ」 陽向のハイな状態はベッドの中まで続いていて、その夜、陽向の白くしなやかな肢体はシーツの上で何度も跳ねた。 眠りに引きずり込まれそうになっている陽向の体をホカホカタオルで拭いてやる。 「いい出会いがあってよかったね」 「うん」 子供の様な無邪気な笑顔が帰ってきて、やはり送り出してやってよかったと思った。 その後も陽向は花村さんや八神さんと連絡を取り合っているようだった。そして、また土曜日の稽古の見学に行くと出掛けて行った。 「ごめんね。今日は遅くなると思う。ご飯も外で食べるかもしれない。冷凍庫にロールキャベツが入ってるからチンしてね」 こっちのことは心配しなくていいと言うと、「行ってきます!」とバタバタと出掛けて行った。 この頃には、考え込む姿を見せ始めていたから、慣れない人間関係の構築に躓いて悩んでいるのかと思っていた。 陽向が何も言わないうちから口を出すのはよくないと見守るつもりでいたが、晴れやかな顔で出掛けて行ったところを見ると、関係はなかったのかも知れない。 その夜、陽向はなかなか帰ってこなかった。 11時半を回ったあたりから落ち着かなくなった。 外で食べて帰るとメッセージは届いていたが、何しろ陽向は酒が弱い。 女性ではないにしろ、あのピンク色の顔でフラフラしていて万が一のことがあったら、せっかく忘れかけている恐怖と嫌悪が甦ってしまうかもしれない。 過保護かもしれないが迎えに行ってやる約束をしておけば良かったと後悔する。 『陽向、今どこ?車で迎えにいこうか?』 メッセージを送り、既読マークがつくのをイライラしながら待つ。 『ココ!』 やっとついた既読マークに続いて届いたメッセージに、思わず「は?」と突っ込んでしまう。 まずい、これは酔っぱらっているのかもしれない。 車のキーを手に立ち上がり、 『ココってどこ?迎えに行くよ』 と入力したところで、ピンポンとドアベルが鳴った。 急いで玄関ドアを開けると「ただいま!」と陽向が飛び込んできて、そのままぽふっとハグの体勢になる。 外の冷たい空気を纏った陽向から、微かな煙草の匂いがした。 「あれ?お帰りの挨拶は無いの?」 と拗ねたように催促されたキスからは、アルコールは感じられなかった。 今夜は八神さんと花村さんと一緒に居酒屋の個室で食べてきたらしい。 「八神さん、凄いんだ。ああいう人のことをザルって言うんだね。ビールも日本酒もガバガバ飲んでたけど、全く顔色も変わらないし酔ってもいなかったよ。 僕?一滴も飲まなかったよ。帰れなくなったら困るし、きっと征治さんが心配すると思ったから」 ほっと安堵の吐息を漏らす俺に陽向が言った。 「征治さん、明日ちょっと相談したいことがあるんだ」

ともだちにシェアしよう!