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第80話

空手絡みなのかそうでないのか知らないが、陽向は花村さんと連絡を取り続けている。 先日は姉の翠さんとその娘まで紹介されたらしく、「翠さん、もの凄い美人なんだよ、ほら」とスマホの画面を見せた。 「花村さんの目はブルーでしょ。だから蒼って名前にしたんだって。翠さんは綺麗なグリーンなんだ。で、娘さんはクウォーターでくるみちゃんって言うんだけど、やっぱり瞳が胡桃色だからそう名付けたんだって。すごく可愛いよね」 確かに可愛らしい写真だったが、その翠さんからも時々連絡が来るのは何故なんだろう。 そして、花村さんや翠さんから電話があると、陽向がそそくさと自分の仕事部屋に籠るような気がするのは何故なんだろう。 今まで篠田さん以外から掛かってくることが無かった陽向のスマホが鳴る度、ベッドの上であんなに綺麗だった白い肢体に散らばる紫や緑色のアザを目にする度、喉元まで上がって来る「何故?」。 それが言葉に出来ないのは・・・その度に俺を見る陽向の目の中に「今はまだ聞かないで」というメッセージが込められているように感じるから。 陽向が俺を裏切っているなどとは思っていない。 単に陽向を独占したくて陽向の視線が外へ向いていることに嫉妬しているわけでもない。 だが、何をいつまで待てばいいのだ? 掴みどころのない不安が胸の中に渦巻いている。 嫌でも思い出すのは、大事に大事に抱えていたつもりの愛しいものが、腕の中をすり抜けていってしまったあの時の感覚。 ここにきて、またあんな思いをすることになるとは思っていなかった。 幸いだったのは仕事がハードになってきたことだった。 予想を上回るいくつかのアプリのヒットと開業医向けの予約システムの販売、ネット広告の売上増に事業計画が大幅上方修正され、この機に乗じて当面拡大路線に舵を切ることが決定したのだ。 現在、正社員が52人のところ、エンジニア、営業、スタッフ部門合わせて2年内に30人の増強をすることとなった。それに伴うフロア面積の拡大も必要になる。 ユニコルノは大手企業の様にセミナーや企業説明会を開いて新卒を採用する方式を取ってきていない。優秀な専門学校生への声掛けや、実績のあるエンジニアの引き抜き、あるいは自ら転職を希望して自分を売り込みに来た者を主に採用してきた。 今後は採用方法から見直す必要がある。人事と総務の統括者である俺にはやるべきことが山ほどある。 仕事に没頭して、俺は待っていればいい。 いつか陽向が話してくれるまで。 だが、そんな風に思っていられなくなる日がやって来た。

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