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第81話

ある土曜日、俺は社長とともにユニコルノが出展しているIoT展示会の会場にいた。 海外勢や日本の名だたる大手企業から社員数人規模のベンチャーまで200社近い企業がだだっ広い展示場にブースを並べている。 その中の大手電機メーカーのブースに花村さんを見つけたのだ。きっと、広告代理店の出展担当者として顔を出したのだろう。 こちらに気付いた花村さんがにこやかに近づいてきた。 「山瀬さん、松平さん、ご無沙汰しております。ユニコルノさんも出展されているとのことだったので、ちょうどご挨拶に伺おうと思っておりました」 スマートに挨拶をして山瀬さんと談笑している花村さんをなんとなく複雑な気持ちで眺めてしまう。 そのうち山瀬さんが同業の知り合いから声を掛けられて話し込み始めたので、一歩離れたところで待つことにした。 一応陽向が世話になっていることについて花村さんに礼を言うと、小声で囁かれた。 「風見君は可愛いですね。一緒に暮らし始めたんでしょう?風見君、嬉しくて仕方がないみたいですね。初々しくて、僕らも一緒に暮らし始めた頃の気持ちを思い出しましたよ」 いつもの自分なら完璧なスマイルを保てるはずだった。いや、今も自分では保っているつもりだった。 だが、俺の顔を見て花村さんは少し眉根を寄せ、まるで優しく言い聞かせるようにこう言った。 「やはり心配ですか?尤もだと思いますが、彼はその道では名の知れたベテランだと聞いています。きっと無茶はしないはずです」 心配? 彼? その道のベテラン? いったい何の話だ。 「悪い、松平。待たせた。次のアポもあるし急ごう」 話が終わったらしい山瀬さんに手招きをされ、花村さんにお辞儀をしてその場を離れた。 夕方に仕事を終え、自宅へ向かう間もずっと、花村さんの言葉を反芻していた。 陽向はいったい何をしようとしているんだ? 花村さんは、当然俺が知っているものとして話していた。 なぜ、陽向は俺に何も話さない? 俺は信用されていないのか? 悲しみと苛立ちと怒りが少しずつ混ざったものが胸の中でとぐろを巻き始める。 一歩ずつ前へ足を踏み出し始めている陽向を、見守ろうと思っていた。 だが、このままこの感情と一人で闘っている間にまた陽向が俺の腕の間からすり抜けて行ってしまったら・・・ その先を考えるのは、かつての痛みを思い出し恐怖さえ覚える。 陽向に訊こう。今日、家に帰ったら必ず。 もう、あの時の様な後悔はしたくない。 そう固く決意して、家路を急いだ。

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