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第83話
「征治さん、僕、これから時々家を空けることになると思う」
ソファーに移動しても暫く黙っていた陽向が、ようやく口を開いた。
・・・家を空ける?
「自分から家事を引き受けるって言っておいて申し訳ないんだけど・・・」
「家事分担なんて出来る方がやればいい。俺が聞きたいのはそんなことじゃない。家を空けるってどういうこと?その理由は何?」
「・・・過去に決着をつけに行こうと思ってる」
「過去に決着?」
嫌な予感がした。
「僕がいつまでもグジグジしている原因は、慶田盛家を出てから沢井の家を脱走するまでの暗黒時代にある。もう目を逸らすんじゃなくて、対峙しようと思うんだ」
「どうやって?何をするつもりなの?」
「まずは僕が体を売っていたあの店を探してみる。ああいうのは入れ替わりが激しいらしいから、今もそのままあそこにあるかは分からないけど。いや、多分ないと思うけど。
場合によったら芹澤を利用するかもしれない。あいつの方が探しやすいだろうから」
「っ!危険じゃないのか!?やってたのはヤクザのような連中だろう?」
「だけど、奴らへの借金は、芹澤が僕を買う時に代金として肩代わりしている筈だから。芹澤だって対価を貰って沢井に僕を売ったんだろうし、沢井のところから逃げたことは彼らには関係ないと思うんだ」
「そんな理屈が通る奴らなのか?内情を知っている陽向が現れたら奴らが何をするか分からないじゃないか」
「うん。真正面から行くとまずいかもね。だから協力してくれる人、頼んだんだ。僕じゃリサーチの仕方すら分からないから教えも乞うつもり」
「協力者って誰?」
「田中さんていうジャーナリスト。花村さんのお姉さん夫婦は新聞記者で、その伝手でそういう方面に強い人を紹介してもらったんだ」
それが花村さんの言っていたその道のベテランか。
「決着をつけるって何をするつもりなの?ヤクザに喧嘩を売りに行くの?そんな危険なこと、やめてくれ」
「決着っていうのは、僕の中でっていう意味。本当は何が出来るかはまだ漠然としてる。でも、行けば答えが分かるんじゃないかって思ってる。
取り敢えず、今でも借金で雁字搦めになった子たちが同じような目に会ってるのか、自分の目で見てくる。
もし今でも未成年が騙されて苦しんでいるようなら、そういう若者を救う活動をしているNPOと連絡取ってみようかと考えてる。それから、警察に突き出すのが無理でも、世間に告発すべき状態なら田中さんがルポタージュを書いてくれるから僕も協力して・・・」
「もし陽向の顔を覚えている奴がいたらどうするんだ。今になってウロウロ嗅ぎまわったりしたら向こうが警戒して排除しようとするかもしれないじゃないか!
どんなに非道な奴らだったか陽向が一番よく分かってるだろう!?自分の両親がどういう奴らに殺されたか忘れたのか!?」
「だからだよ!無知で傷付いた少年たちが、僕みたいに卑劣な奴らに地獄に落とされるのを少しでも止めたいんだ!
わかってるよ、僕がちょっと動いたって日本中にごまんといるそういった男女が救えるわけじゃないって。
だけど、一人でも二人でも助けられたら僕が経験したことが、ただ悲惨なだけじゃなかったって思えるかもしれないじゃない!
シンジみたいに死んじゃう子を助けられるかも知れないじゃない!
ペット倶楽部だってそうだ。趣味で喜んでやっている奴らはいい。だけど、物みたいに売ったり買ったりして、首輪を付けて飼うなんて、人としての尊厳を根こそぎ奪う行為だよ!
お金さえ持ってりゃ何をしてもいいの?そんなのおかしい。
一矢報いてやりたいって思うのは変!?
僕は狂ってる!?」
心配するあまり、声を荒げてしまった俺に呼応するように、陽向が熱くなってキレた。
聞いたことも無い陽向の叫び声に、圧倒され息を飲む。
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