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第84話
「・・・だからって陽向自身がそんな危険な目に身を晒さなくてもいいだろう?いくらでも告発する方法や適任者が・・・」
「僕はもう嫌なんだ!いつまでも周りに庇護されてばかりの自分が!
僕はずっと守られてきた。翔太に、吉沢さんに、征治さんに。それに甘えて長い間、情けなく怖い怖いと怯えるばかりで、闘ってこなかった。
そのくせ心のどこかでそんな自分を卑下し続けてた。自分で自分の事を肯定できなかったんだ。
だけど、僕にだって出来ることがあるはずだ。僕だから出来ることだって何かあるはずだ。
ずっと、考えていたんだ。僕の内側に残っている負の部分を取り去る方法を。
僕は自分を変えたい。
そして・・・自分を好きになりたい」
陽向の両の拳が白くなる程固く握られ、ぶるぶると震えている。
そして、自分を好きになりたいと言ったあと、両の目からつーっと零れ落ちた涙。
それを目にしたら、喉の奥に言葉がつっかえ、出なくなった。
「確定申告の処理が終わったら、しばらく税理士事務所は休ませてもらうことになってる。そうしたら田中さんのスケジュールに合わせて現地へ行く。
そんなに簡単にいくとは思ってないから、暫くこっちとあっちを行ったり来たりになると思う。
・・・迷惑かけて、ごめんなさい」
・・・ああ、もう決定事項で、これは報告なんだ。
・・・俺は相談すらしてもらえなかったのか・・・
かつて自分が陽向と交わした会話を思い出す。
落ち込んだ陽向が「征治さんはもっと早く先に行っちゃうでしょう?」と言った時、俺はなんと答えた?
『俺は隣で手を繋いでるんだ。そうして、陽向が一歩一歩進んでいくのをちゃんと見てる。
だけど、陽向にはちょっとハンデがあるから、もし躓いて転んだら助け起こすし、大きな水たまりがあったら、ぐっと手を引いて飛び越えられるようにしてあげる。それが出来るタフな奴でいられるように、俺自身も努力する』
今となっては滑稽にすら思える。
何が手を引いてあげるだ。
陽向は自分でちゃんと越えていこうとしているじゃないか。
むしろ・・・俺が陽向の足を引っ張っていたんじゃないのか・・・
俺は、間違えていたんだ・・・。
陽向が今まで俺に話さなかったのは、反対されると思ったからだろう。
陽向が必要としていたのは、危ないからやめておけという生温い優しさではなく、恐れずに闘ってこいと奮起を促す叱咤激励だったのか。
陽向の叫び声が耳にこだまする。
『僕はもう嫌なんだ!いつまでも周りに庇護されてばかりの自分が!』
『心のどこかでそんな自分を卑下し続けてた。自分で自分の事を肯定できなかった』
かつて、俺は陽向から発せられていたメッセージを見逃した。そのせいで陽向を壊してしまった。
俺はまた陽向のメッセージを見落としたんだ。
激しい自己嫌悪の波が襲い掛かる。
俺は・・・同じ失敗を繰り返したのだ。
バッサリと髪を切ってその覚悟を見せられ、陽向の強い決意を聞いてなお、そんな危険は冒さないでくれと言いたい。
ずっと俺の傍にいてくれと言いたい。
だが・・・それはきっと俺のエゴなのだ。
「・・・無茶はしないで」
やっとの思いで絞り出せた言葉はそれだけだった。
その夜、「仕事が終わってないから」と一緒に寝室へは行かなかった。
一緒に暮らし始めて、陽向を抱かない初めての土曜だった。
胸が痛くて、苦しくて、どうしても抱くことが出来なかった。
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