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第95話
そして長い沈黙の後、口を開いた。
「お前、ここに来るのは怖くなかったのか」
「この街に来るのはとても勇気がいりました。でも、僕がこれから前を向いて歩いていくためには、いつまでも目を背けてないできっちり過去の自分とケリをつけなくてはならないと思ったんです。
それをサポートしてくれる人と一緒に来ましたが、街の様子が随分変わっていて・・・
あの僕らが詰め込まれていた寮のマンションも無くなっていたし、周辺で聞いて回ってもよく分からなくて、行き詰ったので芹澤さんの力を借りに来ました。
芹澤さんと僕の関係は僕にとっては望ましい物では無かったですけど、男娼の世界から引きずり上げてくれた恩義は感じていましたし、あなたは・・・とても寂しがり屋で不器用な人でそれ故に人の愛し方を間違えてしまっただけで、本当は優しい人だったんじゃないかと思っていたので」
最後の言葉に目を瞠った芹澤は、視線を落ち着きなく彷徨わせた。
「ふん、俺に散々ひどい目に会わされたのに、なんつうお人好しだ。それとも、とんでもなく馬鹿なのか?」
そして自分を落ち着かせるかのように何度か咳ばらいをすると、こう言った。
「俺が退院するまで、少なくともあと4日はここに居なけりゃならん。それまで毎日ここに通って話し相手をしろ。そうしたら、俺の話せることは話してやる」
「あの・・・明日、ここへ来たら組織の人間が待ってて、僕を拉致するなんてことはないですよね?」
「ははは、しねーよ。俺はもうあっちの世界からはすっかり足を洗ってるんだ。ただなあ、俺の今までの生き方のツケとでもいうか・・・金はあっても、誰一人見舞いに来る奴もいやしない。暇で暇で死にそうなんだ。・・・それに、お前の話が聞きたい」
病室を出ようとしたら、背後から声を掛けられた。
「明日、ちゃんと来いよ、ブラン」
「あなたのペットのブランはもういません。僕の名は風見です。ちゃんと来ますよ」
「おいおい、簡単に名前を晒してんじゃねえよ、危なっかしいな。街もむやみにうろついて嗅ぎまわるな。危険だぞ」
「ふふ、やっぱり芹澤さんは優しいですね。では、また明日」
病院を出てすぐに、田中さんに連絡を取った。
芹澤との接触が上手くいったこと、そして数日見舞いに通えば情報を引き出せそうなことを報告する。最初田中さんは、芹澤を本当に信用していいのか、はかりかねているようだったが、僕は直感に従うことにした。
そして相談の結果、田中さんは一旦東京に戻り、僕が情報を引き出すまで別件の仕事を片付けることになった。
くれぐれも一人で危険なことをするなと念押しされたが、芹澤の忠告もあったし、街中での単独調査はしないつもりだった。
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