97 / 144
第97話
翌日は僕のトラウマについて話せと言われた。
僕は淡々と事実を話していった。
芹澤にされたことが大きな原因になっているのだから、聞く方は嫌な気持ちになっただろう。だけど、真実なのだから仕方がないし、それだけのことをしたのだと分かって貰いたい気持ちもあった。
「・・・うなじのタトゥーはまだあるのか」
「ずっと消したいと思っていました。だけどお金もなかったし、完全に綺麗にはならないと分かったので・・・。でも、今、僕のうなじについているSはもう芹澤さんの頭文字じゃなく、別の意味に変ったんです」
「どういうことだ?」
征治さんが僕に言ってくれたことを話した。
「だから、これは僕にとってその人を一生愛する誓いの印に変りました」
「・・・そいつはお前の過去を知った上で、そう言ったのか?」
「はい。何もかも知ったうえで丸ごと全部受け止めてくれました。その人が傍にいてくれるお陰で僕は少しずつ前に進めている気がします」
「・・・度量の広い奴だな。お前、どうやってそいつを手に入れたんだ」
「手に入れるって・・・そんな特別なことはしてませんよ。
僕はずっと自分に起こった不幸な事ばかりに囚われていて、その人の抱える苦しみになかなか気付けなかった。だから、それが分かったとき、自分が出来ることはなんだろうって考えて行動にうつしました。そして僕もその人を苦しめていたことを詫びました。
それから・・・僕はその人のことが好きで好きでたまらなかったから、玉砕覚悟で告白しました。受け入れてもらえた時は・・・自分でも夢を見ているんじゃないかと思いました」
「ふん、幸せそうな顔しやがって。緩みまくりだぞ。でもお前は実際幸せもんだよ、そんな奴に巡り合えて。俺はついぞ心を通わせ合う相手と巡り合えなかった。ずっと孤独だった。そして、このまま孤独に一人で死んでいくんだろう」
芹澤は深い溜息をつくと、目を閉じた。
「あの、生意気を言うようですけど・・・芹澤さんは方法を間違えただけなんじゃないでしょうか」
「じゃあ、どうすりゃ良かったんだ。ろくでもねえ生まれ育ちで自分を守るために精一杯虚勢を張って生きてきた。可愛げのある男しか好きになれねえのに、誰もビビって近づいてや来やしねえ。たまにお近づきになるチャンスが来たって、こっちは持病のせいでアレが役立たずだ。どうしようもねえだろう」
「・・・でも、セックス抜きで絶対に愛が成り立たないってことは無いと思います。その逆はいくらでもあると思いますけど。
現に、芹澤さんがペットに求めていたのは性欲のはけ口なんかじゃなかったんじゃ?愛しむ対象が欲しかったからじゃないですか?そして、自分の事も愛して欲しかったんですよね。
ずっと首輪を付けて閉じ込めていたのは、そうしないと自分から離れていってしまうと思い込んでいたんじゃないですか?寂しがり屋だから、それが怖かったんですよね」
「くそっ、ほんとに生意気言いやがって」
「すいません。だけど、芹澤さんには逆の視点が無かったんですよ。ほんとは可愛がりたい相手に首輪を付けて絶対的な立場の差を見せつけて、自由を奪ったら・・・相手が自分をどういう目で見るか、考えなかったんですか?」
「うるせーな」
「それとも・・・対等な立場で好意を示して、それが拒絶されるのが怖かったんですか?鎖で縛っていれば、拒絶されてもそのせいだって思えるから?」
「・・・そんなことまで考えて無かったよ・・・ただ、どうしたらいいか分かんなかっただけだ・・・知り合いに接待でペットパーティーに連れていかれて、傍にペットを侍らせてる奴らを見て、『これだ。こうすりゃいいんだ』ってビリビリ震えがきたんだ」
もしかしたら、この男は人から愛された記憶が無いのかもしれない。だから、人の愛し方が分からない。気持ちの通じ合わせ方が分からない。そもそも、人として何かが大きく欠落している。
僕が、辛い時期もなんとか自分を保っていられたのは、ちゃんと愛された記憶が僕を支えてくれていたのかも。
早く死んでしまった両親。その後親代わりになってくれた、松平のお爺さんや慶田盛のおばさん、重さんや使用人の面々。そして征治さん。僕はたくさんの人に愛されてきた。
その陽だまりの様な温かな記憶が全くなかったらと想像すると、今でさえゾッと寒気がする。
急に、この孤独な男が哀れで悲しい生き物に思えた。
ともだちにシェアしよう!