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第98話
「あー、あの頃お前が口がきけていたらな。あの時はお前が何を考えているのか知りたかった。だが、同時に知るのも怖かった。
幼い風貌に似合わない全てを見透かしているような眼をするときがあったから、きっと俺のこと馬鹿にしているんだろうとか酷く憎んでいるんだろうとか考えちまって。
でも、こんな風に話が出来ていたら、俺はもうちょっと早く軌道修正出来ていたかもしれんな。そうしたら、お前をもっともっと猫可愛がりして、必死で口説いていたかもしれん。そうしてりゃ、もうちょっとお前も俺に懐いてくれたかもしれんのにな」
芹澤は苦笑いをしながら、そんなことを口にする。
「・・・芹澤さん、こんな風に本音を話せる家族や友達はいますか?」
「いねーよ!誰も見舞いにも来ねえって言っただろうが」
「仕事も引退されちゃったんですよね?じゃあ、退院してマンションに帰っても、ずっと一人ですか?」
「ああ、通いの家政婦は来るけど、それだけだな」
「・・・それは、良くないですね・・・」
「うるせーよ、仕方がないだろ!」
「ああ、馬鹿にしたりしてる訳じゃないですよ。僕も以前はずっと一人で家に籠っていて、友達なんて呼べる人もいなくて孤独で孤独で・・・そうすると思考がどんどん暗い方に傾いていってしまうんですよね。
そうだ、芹澤さん。本当にペットを飼ったらどうですか?勿論、人じゃないですよ?犬とか猫とか」
「お前、やっぱり馬鹿にしてんだろ」
「違いますって。僕、子供の頃、犬と友達でした。正式な飼い主は僕じゃなかったけど、毎日散歩に行って遊んでいたので、凄く仲良しでした。
犬って本当に賢いんですよ。人の言葉だけじゃなくて、表情や気分までちゃんと読むんです。人間よりよっぽど素直に愛情も返してくれますし」
「こっちがいつポックリ逝くかわからねえのに、そんなの飼ったら無責任だろうが」
「うーん・・・あ、そういうのを世話してくれる団体ってないですかね?今、高齢者の単身世帯が多くて、ペットを飼っている人も多いと思うんですよね。あ、そうだ!」
「な、なんだよ」
「芹澤さん、そういうNPOみたいなの、自分で作ったらどうですか?あんな街中のマンションは売ってしまって、もっと郊外に庭付きの家を買うか借りるかするんです。で、犬とか猫とかに囲まれて暮らすんです。僕もそうでしたけど、きっと犬好きの人と散歩なんかですぐに友達になれますよ。
そうだ、ペットショップで動物買うのもいいけど、よく飼い主に捨てられて殺処分になってしまうペットっているでしょう?そういう施設から、引き取って来るんです。きっとそこの動物も前の飼い主を失って寂しい思いをしたでしょうから、その子たちにいっぱい愛情注いであげるんです」
「お前、何勝手に人の生活設計してんだ。しかも・・・頭ん中、お花畑か」
「ふふ、でも楽しそうじゃないですか。あ、芹澤さんは犬派ですか猫派ですか?」
「ええ?どっちも飼ったことねえからな・・・」
「ああ、でも猫は気紛れだっていうから、寂しんぼうの芹澤さんは犬の方がいいかもしれない」
「誰が寂しんぼうだ」
「僕の友達は広い敷地で放し飼いになってたんですけどね、僕が学校から帰ってきて門を開ける音を耳にすると、まっしぐら門まで出迎えに走ってきて『お帰り、お帰り』って飛びついてくるんですよ。尻尾をちぎれそうなぐらい振って、ビョンビョン飛び跳ねて全身で喜びを表すのがもう可愛くって。
散歩の時間が近づいてくるとソワソワしちゃって、『もう行く?そろそろ行く?』って傍に寄ってきて知らせに来たり、散歩用のリードが掛けてあるフックの傍でお座りして待ってたりするんですよ。
どうです?犬、可愛いでしょう?飼いたくなってきたでしょう?」
「・・・悪く・・・ねえな」
その答えに僕が声を上げて笑っていると、また看護師が「血圧と体温測りますねー」と入って来たので、その日はそこで切り上げた。
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