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第102話

芹澤への聞き取りは数時間に及んだ。 僕と田中さんが尋ねたいことを大方聞き終えたとき、看護師が昼食を運んできたので、僕たちは一度部屋を出た。 下のフロアにある自販機やテーブルと椅子が並ぶ広い談話室で、一服しながら二人で今後を相談しようということになった。 一番隅のテーブルを確保し、田中さんにドリンクは何がいいか聞いて財布を持って立ち上がった時、思いがけないものを目にしてヒュッと息を飲んだ。 「風見君、どうした?」 すぐに田中さんが異変に気付いて、ひそめた声で聞いてくる。 「あの男・・・」 「どれ?」 「自販機の前に立っている白衣の二人組の背の低い方・・・」 「知っている奴なのか?」 「多分、いや間違いなく、前に話した『先生』と呼ばれていた太客です。事務所にあった抗生物質なんかはあの男が融通しているという噂でした」 「ここの医師なのか?なんか出るかもしれんな。風見君、念のためマスクしろ。俺はちょっと後を追って素性を確かめてくる」 田中さんはデイパックを肩に立ち上がるとさり気ない様子で自販機に向かい、歩き始めた白衣の二人組を追って行った。 不意打ちの様に目にした男の姿に、ドクドクと鼓動が早くなっている。一番最初で、且つ、されたことが強烈だったせいか、過去に絡む悪夢にはあの『先生』がよく登場した。 年月が経っても識別出来るほど、あの男の顔は脳裏に焼き付いている。・・・こんなところで会うとは。 その時、手元のスマホが震えた。田中さんからだ。 『一旦医局に入って、白衣を脱いで現れた。手ぶらで外に向かっているようだから昼飯かもしれない。もう少し、粘ってみる。ホテルで落ち合おう』 『了解』と返信しながら、ふと思いついた。 芹澤は何か知らないだろうか? もう一度芹澤の病室を訪ねた。 「まだお食事中ですか?」 そう聞きながらカーテンを引いたが、昼食のトレーが載ったベッドテーブルはもう足元に押しやられていた。だが、半分近く残っている。 「食欲ないんですか?もしかしたら僕たちの質問が長過ぎて、疲れてしまいましたか?」 「いや、そうじゃない」 折り畳み椅子を持ってきて腰を掛ける僕を見て、芹澤が聞いた。 「なんだ。聞き忘れていたことでもあったか」 そこで『先生』の話を振ってみたが、芹澤は何も知らないようだった。 「なあ、本当にもうあいつらのことを嗅ぎまわるのはやめておけ。お前の思惑なんて誰も知らねえんだから、なんか探りに来てる奴がいるって奴らに目を付けられて排除されるかもしれねえ。マジでやめとけ。危険だ」 「僕の事、心配してくれるんですか?」 「お、お、お前だって、さっき・・・俺が無事でよかったって・・・言ってたじゃねえか」 心なしか赤面してどもる男に、思わず「ふふっ」っと、笑みが漏れた。 「なんだよ!」 「芹澤さん。僕、知人に教えてもらった好きな言葉があるんです。『人間は、自分や周りの人間の幸せを追求していく生き物』、なんだそうです。 芹澤さんは、昔は自分の幸せしか追求できなくて、ペットにした人間のことには思い及ばなかったかもしれない。だけど、今はずっと人間くさい優しさが備わってるんじゃないですか」

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