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第105話
一週間ぶりに東京に戻って来た。
新幹線の予約が取れた時点で征治さんに帰るとメッセージを入れておいたが、予定より早く駅に着き空席もあったので、1本早い列車に振り替えた。
部屋に入ると、ああ自分の家へ帰って来たんだとホッと肩の力が抜ける。まだ、ここに住んでそんなに日は経っていないはずなんだけどな。
征治さんはまだ帰っていなかった。
お茶でも入れようとケトルでお湯を沸かし始めたとき、玄関でガチャと鍵を回す音が聞こえた。直後に「陽向、居るのかっ?」と上擦った声とバタバタという大きな音。
出迎えようとそちらへ向かうと、リビングのドアを勢いよく引いて飛び込んできた征治さんと衝突しそうになった。
「お帰りな・・・うぐっ」
肺の空気が一気に押し出されるほど強く抱き込まれる。
間近に感じる大好きな征治さんの匂いにもう一度帰って来たと実感するとともに、ぽうっと体の内側に温かい灯がともる。
何も言わない征治さんに「一本早い新幹線に乗れたんだ」と言うと、耳元で「うん」と小さい返事。
「最近とっても忙しいみたいなのに、早く帰って来てくれたの?」
「・・・」
「??征治さん?スーツが皺になるよ?」
ぽんぽんと背中を叩くと、ようやく巻き付けられていた腕が緩まった。
今度はぐっと体を引き離し、両手で僕の腕を掴むと僕の体を点検するように頭から足まで目を走らせる。
「征治さん、大丈夫だよ。どこも怪我なんてしてないし、そもそも危険な目にも会ってないから」
ようやく絡まった視線に「ただいま」と言うと、「おかえり」と、もう一度柔らかく抱き締められた。
ソファーで後ろから抱き込まれながら、この一週間の色々を話す。
僕の背中にぴったり張り付いた征治さんの両腕は僕の腹に回され、まるで抱き枕かぬいぐるみにでもなった気分だ。だけどとても気持ちよくて安心する。
ずっと黙って話を聞いていた征治さんが、「もう・・・終わったの?」と尋ねた。
「ううん、こっちで済ませたい用事があるから一旦帰って来たんだ。田中さんはまだ向こうに残ってる。篠田さんとの打ち合わせもあるけど、こっちで会わなきゃいけない人がいるんだよ」
僕と田中さんは、リスクを避けてペットの方面から貧困に苦しむ未成年に切りこむことにした。
ただクラブには僕がパーティーに参加していた頃からの会員も多く残っているらしく、僕は後方支援に回ることになったのだ。
田中さんは最近、ホームレスの年金や生活保護費を狙う暴力団の貧困ビジネスについてルポを書いていた。その時に取材を通して知り合ったホームレスを支援するNPOの代表がいる。世情に疎い僕ですらテレビで見たことのある有名人だ。
ちょうど明日から東京で貧困問題に関するシンポジウムが行われるのだが、僕たちが行っていた地方の青少年の貧困を支える団体も参加するらしく、その人が僕を引き合わせてくれるように段取りをつけてくれていた。
「それから・・・そっちとの連携がうまくいったら・・・僕、暫く沖縄に行こうと思ってるんだ」
「沖縄?」
「うん。向こうにいる間に調べたんだけど、どうやらシンジは身元不明の遺体として扱われたようなんだ。法律的には行旅死亡人って言うんだけど、古い官報の公告を調べたら多分これに間違いないって言うのが見つかった。遺骨は自治体の無縁仏用の共同墓地に移されてる。それをなんとかしてやりたいと思うんだ。
家族がシンジの死を知らないのなら・・・それを知らせた方がいいのかどうなのかは意見が分かれるところだと思うけど・・・僕は、いや、僕だけが死の直前のシンジの本当の気持ちを知ってるんだ。
本当は故郷に、家族のもとに帰りたかったのに、迷惑は掛けられないと一人ぼっちで死んだんだ。それなのに、家族に都会が楽しくて島を棄てた親不孝者と思われているんだったら可哀想すぎる。それに、家族だってずっと心配し続けていると思うんだ。
家族は、どこかでシンジが元気に生きてるって信じていてその方が幸せかもしれないけど・・・
それは、会ってみてからどうするべきか考えてみようとおもう。
僕は、両親が殺されていたと知って凄くショックだったけれど、やっぱり真実を知れてよかった、知っておくべきだったと今は思うし・・・。
ただ、問題なのは現時点ではシンジの本名も出身の島も分からないことなんだ」
「・・・どうするの?」
「うん・・・手掛かりは、僕が聞いた島の断片的な情報?だけど沖縄って113も島があって、有人島だけでも26もあるんだ。明らかに該当しない大きな島を除いてもかなりあって・・・
かつての事務所のメンバーの中にシンジの島で東京の仕事を紹介すると騙した奴がいたはずだから・・・それを探れればいいなと思うんだけど」
体に回されていた腕がきゅっと締まる。征治さんが心配したのが分かった。
「だから協力を要請してるんだよね、芹澤に」
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