106 / 144

第106話

自分史上、最も慌ただしく動き回った数週間を過ごした後、僕は沖縄の地を踏んでいた。 田中さんのサポートをしている間に芹澤からダイレクトメッセージが届いた。 かつての事務所のメンバーの中で、スキューバダイビングが趣味の男を特定し、沖縄ならどのあたりで遊んでいたか上手く聞き出してくれたらしい。 お陰で該当しそうな島を3つにまで絞ることが出来た。 島の人口は数百人。そのほとんどが老人。島内の産業は、漁業と、サトウキビ栽培と、酪農だけ。そこで育った黒毛の子牛が全国に売られてそれぞれの地の銘柄牛になる。島内には高校が一つだけ。 そんなシンジから聞いた断片的な情報と、僕が記憶を頼りに描いた数枚の似顔絵を頼りに、10年近く前に島を出たきりで、もう何年も音信不通になっている漁師の次男坊の家族を探して回った。 行く先々で、怪しまれて警戒されたり脅されたりしながらようやく辿り着いた小さな漁村で、シンジの家族と思しき人物に会えたのは、本当に運が良かったのだと思う。蓄積した疲労も吹き飛んだ。 だが、僕は沖縄の離島をよく理解していなかった。悪く言えば、舐めていた。 その後、僕は全く想像していなかった状況に巻き込まれ、そのせいで2カ月近く沖縄で足止めをくってしまったのだ。 九州よりも台湾やフィリピンの方がずっと近いこの島は、4月下旬でも半袖短パンでいられる気温だった。 先に回った二つの島が空振りに終わっていたので、心身ともに疲れていたし、島に向かう船にはそれなりに人が乗っていたので、油断していた。 だが、小さな港に着くと殆どの乗客が待っていたリゾートホテルのバスに乗り込み、肩に段ボールを載せたり台車を押したおじさん達は駐車場に停めてあった軽自動車に乗り込みあっという間に消えてしまった。 気が付けば一人になっていた僕は、カウンターで船のチケットを売るのが仕事らしいおばさんに「まだ迎えが来てないのか」と声を掛けられた。 迎え?よくわからないまま、漁港の方に行く方法を尋ねて、愕然とする。 この島には公共の交通手段は無かった。バスもタクシーも無い。歩くしかないのか? 余程途方に暮れたように見えたのか、すぐ目と鼻の先にレンタカーがあると教えてくれたが、僕は運転免許を持っていない。バイクと自転車も貸していると聞いて、行ってみることにした。 レンタルショップで自転車を借りる手続きをして、島内のマップを貰う。観光客向けなので、店のおじさんに漁港の場所と道をマップで確認すると怪訝な顔をされた。 「ここに行くの?この港の丁度反対側だから距離があるよ。アップダウンもあるからバイクの方が無難だよ」 残念ながら原付の免許も無いと説明する。そりゃ仕方がないという顔をしたおじさんが、色々注意事項を教えてくれるが、聞く度に驚きの連続だ。 このマップに乗っている道はだいたい舗装はされているが、島内に信号機は一つもない。交差点では気を付けろ。 たまに、道にヤギとか馬が出ているからぶつからないように気を付けろ。牛は柵から出ていることは殆ど無いから大丈夫。 島内には主に観光客向けの飲食店はいくつかあるが、物を売っている店は一つもない。自動販売機も殆ど無い。銀行も無い。病院も無い。あるのは島の中央にちいさな郵便局だけ。 リゾートホテルと集落の傍以外には街灯は無い。夜は完全に真っ暗になるから路肩から落ちないように気を付けろ。

ともだちにシェアしよう!